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アラフォーのわたしと夫と猫2匹の暮らしに、男児が一人加わりました(2016年11月)。おいしいもの、猫、本、アートと子育て日記。


by umi
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ゴールデンウィーク

GWが終わりましたね。
うちはあまりカレンダーが関係ない家庭なのですが、なんとなく、お休みの空気ってちゃんとあって、どこからか家に染み込んでくるんですよ(笑)。出かけるなら混まない平日にすればいいのに、わざわざ混むような日に、「せっかくだからみんなで出かけようか」ってなっちゃう。

とはいえ、小さな子連れで混むところへ行くと大変なので、お休みの空気を感じつつ、結局は近場で過ごしました。

ある日は、棚の掃除を。
ハム太がキッチンの棚の扉を開けて中のものを出し始めたので、せっかくなので中を拭いたりして。空っぽの棚に滑り込むハム太。わざと締めてあげたら喜んでました。猫みたい。

あるって知らなかった棚の仕切りを見つけて(ハム太が踏んでるやつ)、一段増やすことができて満足。

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ある日は、近場の公園でシャボン玉遊びをしました。
吹くのはわたしですが・・・というより、ハム太を言い訳にわたしが楽しんだ、というか。
シャボン玉、たまに無心に吹きたい感じがするけど、さすがに良い大人はやりにくいので、とっても久しぶりに吹けて楽しかったです。笑

ハム太さんはシャボン玉見て喜んでたけど、棒切れ拾いの方が楽しそう。

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子どもの日。
おじいちゃんが送ってくれた図書カードで「はらぺこあおむし」のカードボード版を買いました。
ハム太は「はらぺこあおむし」が大好きで、わたしの友人が贈ってくれた飛び出す絵本を、毎日欠かさずめくっていたんだけど、さすがにボロボロになってしまって。
今度は、ハム太が自分でめくれるボード版にしたのです。


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やっぱりこのページが一番魅力的だよね。

食べ物といえば、ゴールデンウィーク中に起こった、とても小さいことなんだけど。
ハム太は、アンパンマンビスケットが大好きなのです。幼児用として売られているし、わたしはこれまで食べたことがなかったのですが、確かにさっくりと美味しいビスケットなのです。
そのビスケットをあげたら、いつもならすぐ食べるのに、お腹が空いていなかったのか、ずーっと手に持っていて……汚れちゃうし、もったいないな、でも取り上げたら怒るだろうな〜と思いつつ、抱っこしているときに「食べないの? ママ食べちゃうよー」って、口の前を横切ったときにパックリ一口で食べてしまったのです(齧って、残りをハム太が食べたら虫歯がうつっちゃうので、一枚まるごと食べました)。

で、泣くか?怒るか?と様子を見たら。
5秒くらい、ジーーーーッと真顔でわたしの顔を見つめていたハム太。
もぞもぞと動いて、わたしの背中の方へ回っていた片腕を引き抜いたかと思ったら、急に笑顔でパチパチ〜と拍手をしたのでした。
食べてえらいね!ってことなのかな?? または、美味しくて良かったね??
今風に言えば、予想のナナメ上を行く反応に、虚をつかれた母なのでした。

わたしだったら、大好物を食べられたら激怒するけどな〜。
わたしより大人だね、ハムさん。





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# by umitoramarine | 2018-05-08 22:32 | つぶやき | Comments(2)

魔法のカップ 

以前は、たまに気が向いたときに口にする程度だったのですが、最近、毎日のようにコーヒーを飲むようになりました。ずっと家にいるからかなぁ。日用品以外、大した買い物もないから、外に出ると気晴らしも兼ねてスタバなどに寄ってしまう。昔はコーヒーの味なんてわからないで飲んでたけど、しょっちゅう飲んでいたら、さすがに味の違いもわかってきます。

夫はもともと、毎日コーヒーが欠かせない人。最近、プレゼントにコーヒー豆とドリッパーを頂いてきて、朝からわたしの分も淹れてくれるようになりました。でも、慣れないので、味が安定しないというか・・・よく言えば、様々な味が楽しめるので、毎朝テイスティングしています。

そんなある日、リトアニアの雑貨を扱うお店の企画展で、ある作家さんの陶器に惚れてしまい、マグカップを買ったわたくし。

見て〜可愛いでしょう〜?


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同じ作家さんのお皿や花瓶やゴブレットなど、100点は優に超えるだけの数が並んでいて、その全部に違う絵が描かれてるいたんです。一つ一つ、丁寧に見た中から選んだお気に入りです。

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マグカップとしては良いお値段だったのですが、自分のぶんだけっていうのも・・・と思って、夫のも買いました。
夫のは、ちなみに、魚柄です。

カップを買った次の日、使うのが勿体無い反面、使わないのも勿体無いので、さっそくこのカップにコーヒーを淹れてもらいました。

そしたら、なんと!!
なんだかコーヒーがまろやかで美味しい。

お気に入りのカップで飲むから?と思ったけど、夫も同じように感じたようで。
スタバからタンブラーで買ってきたコーヒーをカップに移して飲むと、タンブラーに残っているぶんとは明らかに味が違うんです。

このカップは糸底が素焼きになっていて、熱いコーヒーを注いで置いておくと、底面だけ汗をかくんです。
つまり、酸素に触れてまろやかになるのかな??
理屈はわからないけど、可愛いだけじゃなくてコーヒーの味がはっきり変わっちゃうカップ。
魔法のカップです。
良いお買い物でした。



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# by umitoramarine | 2018-04-23 00:23 | つぶやき | Comments(2)
先週、数年ぶりに故郷に帰っていました。
おばあちゃんに会って、曽孫であるハム太を見せるためです。

おばあちゃんは認知症で、ここ数年は施設で暮らしています。
先日、久しぶりに電話をしてみたら、なんだかストンと人格が抜けてしまったような話し方で、認知症が進んでいるのがわかりました。昔は電話に出るたび必ず「Umiちゃんね」と名前を呼んでくれたのにそれもなく、会話の中でもいろんな時を彷徨っているのがわかって。でも、顔を見たらきっと思い出してくれると思って会いに行ったのです。

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わたしとハム太に会ったおばあちゃんの反応は、でも、期待していたようなものではなくて、「孫のUmiよ、わかる?」と声をかけたわたしに微笑みながら「わかりません」と言いました。正直なところ、ガッカリしたけれど、予想できることでもあったので落ち込みはせず、反応の薄いおばあちゃんに一方的に話しかけながら、1時間ほど一緒に過ごしました。

ハム太のことを曽孫と説明したけれど、「そうですか」との答えにはあまり届いている感はなく、それでも小さな子は単純に可愛いのか、おばあちゃんは何度も何度も、何十回も、ハム太に向かって「お利口ね」と呟いていました。とても暑い日だったのだけど、シャツからはみ出たハム太のお腹を見て「風邪引くよ」と心配してくれたりもして。ハム太は、おばあちゃんを怖がることもなく、ニコっと微笑みさえしたのを見ると、どこかで通じるものがあるのかもと思えました。

その夜、夢を見ました。
夢の中で、昼間と同じように、施設の部屋でおばあちゃんを前に座っているのです。
おばあちゃんは昼間会ったときと同じ服装で、同じように車椅子に座っています。
そして「Umiちゃん、ごめんね」と謝るのです。
名前を呼んでくれたからではないけれど、夢の中のおばあちゃんは認知症ではないことはなぜかはっきりわかります。おばあちゃんは、現実の自分が認知症で、わざわざ会いに来たわたしを認識してあげられないことを謝っているのでした。
「大丈夫よ」というわたし。「この後**に行くんでしょ?」と話を続けるおばあちゃん。
短い夢でした。
今思うと、夢の中でも、これは現実ではないということがよくわかっていました。
でも、おばあちゃんにわかってもらえなかったガッカリを埋めるためのただの夢ではなくて、眠っている(または乖離している)おばあちゃんの意識に会った気がしたの。

認知症は大雑把に言えばいろんなことを忘れてしまう病気と思われているけれど、忘れてしまったものが無くなってしまうということではなくて、おばあちゃんの記憶や意識はバラバラだけどまだちゃんとあるみたい。

そして、うまく対応できない自分というのをどこか遠くから見ている、もう一人のおばあちゃんがいるのだという気がしたのでした。

思い出してもらえなかったけど、わたしやハム太と会ったこともきっともう記憶の彼方に流れて行っちゃったと思うけど、おばあちゃんに会えてよかったです。きっとどこか深いところでは、わかってくれていると思うのです。


(追記)
聞いたところによると、おばあちゃんは、わたし達が帰った翌日、何度も「東京へ行かなくちゃ」と言っていたそうです。
おばあちゃんと会ったとき、施設の方と「遠くから会いに来たんでしょ?」「東京です」って会話があって、そのとき「トウキョウ」と呟いたおばあちゃん。
わたしが来たことはもう忘れていて、でも、東京になにかある、という印象が強く残ったみたい。
わたしの知る限り、おばあちゃんはこれまで、東京へ来たことも、多分飛行機に乗ったこともありません。
でも「東京へ行かなきゃ」って……。
この話を聞いて、ちょっぴり、泣きました。




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# by umitoramarine | 2018-04-14 23:16 | つぶやき | Comments(6)

ノリマキの思い出写真


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今日の餌やり、ノリマキを呼ぶ必要がなくてさみしかったよ。






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# by umitoramarine | 2018-04-01 23:00 | ねこばなし | Comments(2)
今日の夕方、ふとスマホを見たら、猫ボラSさんからメールが来ていました。
一言、「ノリマキちゃんが亡くなっていました」と。

わたしは昨日、餌やり当番だったのです。
ノリマキは呼んでも姿を見せず、連絡ノートを見て、ノリマキが前日現れていないというのを確認していたので、心配になって少し探したけれど見つからなかったのでした。でも、猫が何日か姿を見せないと言うのはたまにあることなので、それほど深刻には考えていなくて・・・。

驚いて「本当ですか?」と返信しそうになるのを、もちろん冗談でそんなことを言うわけがなく、「事故ですか?」と返信したら、Sさんが電話をくれて、発見した状況を教えてくれました。1週間ほど食欲がなく、病院へ連れて行こうと思って探していたら、遺体を発見したとのことでした。

ノリマキは、あの地域の猫の中で一番若い猫でした。
小柄で、お団子のように固く太っていて、いつもつやつやと毛並みが良くて。
他の老猫たちに比べるとまるでいつまでも仔猫みたいで、まさかこの子が死んでしまうとは誰も思っていなかったのです。

わたしも、ボラを始めてからもう数え切れないほどの猫たちを見送りました。
家の猫たちと違って自分が全責任を負えるわけでもないし、猫たちの死は、さみしいけれど仕方のないこととドライに割り切って来ました。野良猫の自由と、ご飯に困らず病院へも連れて行ってもらえる飼い猫の特典を両方持ったここの猫たちは、とても幸せなのではないかと思っているので、天寿を全うした子たちの旅立ちを見送れることは、ある意味、責任を果たせた満足感さえ感じられるものでした。
でもそれは、やはりそれなりに長生きした猫に限ってのことだったのだなあ。

わたしはボラ先の猫たちはどの子も本当に可愛いと思っていますが、中には特別思い入れのある猫たち(例えば、長年をかけて信頼を得たパリや、遠くからでもわたしを見分けるテブクロや、なんだか気持ちの通じる気のする数匹の猫たち)がいます。

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ノリマキには、そう言う意味で、あまり思い入れはありませんでした。
ここの地域の猫に関わるようになってから、ノリマキとわたしの関係は、ほどほどに仲良しの平行線を辿っていました。
なのに、ノリマキの死には自分で思った以上のショックを受けています。
安心しきって歩いていた道で、落とし穴に落ちてしまったような気分。
ノリマキの旅立ちは早すぎました。

いつも、誰かと長いお別れをすることになったとき、悲しみの大きさはその相手からもらったものの大きさだと考えています。悲しみの大きさは、その存在の開けた穴と同じ大きさと同じなのです。そうすると、悲しむほどに感謝の気持ちが溢れて来て、ぽっかり空いた穴に流れ込んでくれます。悲しみが無くなるわけではないんだけれど、少し痛みが和らぐのです。

わたしは、ノリマキを特別な猫だとは思っていなかったけれど、「ノリー!」と大声で呼んだときに、どこからともなく駆け寄ってくるノリマキの様子が好きでした。ノリマキの歩き方はなんだかいつも楽しそうで、急に屋根の上から降りて来たり、いたずらっぽいところがありました。

猫たちの世話をするのはわたしの幸せではありますが、自分で思っていた以上に、ノリマキから幸せをもらっていたみたい。ノリマキちゃん、ありがとう。今までありがとう。
またいつか、どこかで会おうね。


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# by umitoramarine | 2018-03-26 23:25 | ねこばなし | Comments(0)