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アラフォーのわたしと夫と猫2匹の暮らしに、男児が一人加わりました(2016年11月)。おいしいもの、猫、本、アートと子育て日記。


by umi
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ちょっと前のことですが、家族で沖縄へ行ってきました。

同じことを前にも書いたけど、わたしは沖縄が大好き。ハム太が生まれるまでは毎年のように行っていたので、もう20回くらいは行っています。で、実は、ブログにアップしそびれているんだけど、2月に一人で行ってきたの。2泊3日ですが産後初の一人旅で沖縄。その時、やっぱり夫と息子も連れて行きたい!と思ったので、ハム太が忙しくなる前に旅行してきたのです。

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一人旅だと、時間を有効に使いたくて、朝早い飛行機に乗って遅い飛行機で帰ってくるんだけど、ハム太連れなので、少し遅目の飛行機に乗って行きました。観光もなし。ただ、ビーチ付きのホテルに泊まって、のんびりするだけの旅行。

気温は23℃くらいで、暑すぎず寒すぎず。天気予報は雨模様だったけど、2日目までは雨も降らず、ちょうど良い曇り空でした。客室から1階のエレベーターホールに降りると、そこはもうビーチ! 砂遊びが好きなハム太は大喜びで、ずっと遊んでました。

沖縄のホテルは、白い砂を入れた人工ビーチも多いんだけど、ここは天然のビーチなので、探すと可愛い貝殻なんかも見つかります。なので、ハム太を遊ばせながら、わたしは貝殻を集めたり。


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本当は海で泳ぎたかったけど、泳げなくはないけれどちょっと寒いかなって温度でした。海の水は、温まるのが遅くて冷めるのも遅いから、春はちょっと冷たいんだよね。同じ気温でも秋はもうちょっと暖かい。ハム太はバシャバシャと膝が浸かるところまで自分で入っちゃったけど、寒かったのか戻ってきて、二度とは入ろうとしませんでした。笑


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こんな遠くまで続く青い海を見たのは初めてだね。写真だと曇り空が強調されちゃうんだけど、もっと明るくて綺麗な色だったんですよ。


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朝目覚めると、窓の外に青い海が広がっていて、外に出れば遠くまで続くビーチがあって。ハム太は放っておくといつまでもビーチで遊んでいたそうでした。


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写真がないんだけれど、大きいプールもあって、そこでも遊びました。ウォータースライダーがあって、ハム太を抱っこして乗ったんだけど、うまく着水できなくてハム太を顔まで水に沈めちゃったり。その後ハム太は、ガクガク震えながらスライダーを睨んでました・・・。

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お子様ウェルカムなホテルを選んだので、キッズルームもあって。小さな滑り台とボールプールと言うほどボールも入ってないスペースがあるだけなんだけど、ハム太は大喜びで、日が暮れてからはこちらで遊びました。こういう、ちょっとした子ども向けのスペースがあるのとないのでは全然違う!!!・・・と子連れになってから思います。

旅行で困ったのは、もともと偏食かつ食の細いハム太が、レストランでなーんにも食べたがらなかったこと。沖縄は美味しいものいっぱいあるんだけど、ハム太の食べられるものを探すのは大変なので、2泊とも夕食はホテルのビュッフェにしておいたんですが、いつもなら食べるパンやハンバーグさえも食べなくて。毎食、レストランに行こうと3階で降りると、「ここじゃない」とビーチへ行くためにまたエレベーターに乗ろうとするんです。遊びたくて仕方なかったのかな。

結局、ハム太の食事はコンビニで買ったサンドイッチやらチキンやらビスケットやら・・・。
あーあ、美味しい沖縄そば食べさせたかったなぁ。でも元気だからいいか。

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これは、那覇空港のお土産やさんの中にある子ども用のゲームスペース。隣にチラッと見えているトーマスやら、新幹線の乗りもものあって、ハム太は最後の最後まで楽しかったようです。帰りの飛行機は飛び立つ前から降りるときまでぐっすりでよかった(抱っこしてたので大変だったけど)。

夫は、「せっかく大好きな沖縄に来たのに何にもしなくていいの?」と心配してくれていましたが、わたしも毎日海が見られてビーチを歩けて楽しかったし、何よりハム太の喜ぶ顔がいっぱい見られて幸せな旅行でした。

また行きたいなぁー。


# by umitoramarine | 2019-04-22 10:18 | おでかけ | Comments(0)

ダーニングに初挑戦!

ご覧ください。こちらがわたしのお気に入りの靴下です。
タコだよ〜ん。

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買ったのは確か2年前ほどだったか。ヒグチユウコさんのデザインで、すごく面白かわいいんだけど、一足2000円以上もするの。靴下なんてほぼ3足1000円のわたしは、清水の舞台から飛び降りる気持ちで(←大げさ)買ったんです。

でも、買ってよかった! 
まず、ハム太がこの靴下を気に入っていて、履いてると必ず指でつつきにきます。そこで「食べちゃうぞ〜」とか言って足先でこちょこちょするとゲラゲラ笑って大喜び。それから、この靴下で靴を脱ぐと、見た人が必ずコメントしてくれること。一時預かりに息子を送り迎えに行くと靴を脱ぐんだけど、「お母さん、その靴下・・・何ですか?」って保母さんたちに必ず言われるし、病院でも看護婦さんに言われるし、楽しい靴下なんです。
しかも、高いだけあって、結構しっかりしてる。2年ほど、少なくとも週に1回は履いているのに、全然つま先に穴が開かない・・・やっぱり3足1000円とは違うなあと感心していたら。

「靴下、穴空いてるよ」って夫に言われたのでした。何と、カカトにー。気づかなかった!

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まあ、2年もヘビロテで履けばいい加減寿命なのかもしれないけれど、お気に入りなのでもったいなくて、修繕することにしました。いつもだいたい、つま先に先に穴が開いちゃうので、踵の修繕はしたことなくて、ネットで検索して見たら出てきたのは「ダーニング」。あ、前に「暮らしの手帖」で見てやって見たかったやつだ。

「暮らしの手帖」で見たときは、何だか難しそうに見えたので、あまりじっくりやり方を読まなかったんだけど、ネットでまとめてあるのを見たら、何だか簡単そう。なので、息子がお昼寝している間にチクチクしてみました〜。

要は、上下をちょっとずつ掬いながら、まずは縦糸を作って、それから縦糸を交互に掬いながら横糸を通して布状にするってことらしい。この、お直しをする部分にダーニングマッシュルームというのを入れてやるみたいなんだけど、針が刺さらない丸いもの(カプセルトイのカプセルとか電球とか)なら良いらしいので、ハム太のボールを入れてやりました。

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チクチク。

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こんな感じかな〜。最初と最後の糸は裏側に出して処理します。

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おーできました。思ったより時間もかからなかった。
古ぼけた靴下にますます愛着が湧いてきました〜。

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しかし、わざと違う色でやったんだけど、タダでさえ目立つ靴下だから、「ああ、あそこ直してるなぁ〜」と気づかれちゃうね。今後は靴を脱がない日に履くことにしようか、迷いますが、きっと忘れて履いちゃうのだろうなぁー。

ちょっとしたチクチクなんだけど、達成感があって楽しかった🎵
今度は、猫が爪を引っ掛けて破れたパジャマのズボンを直します。






# by umitoramarine | 2019-04-11 00:13 | 手作り | Comments(2)
大変永らくご無沙汰しております。
書きたいことは日々いっぱいあったのだけど、なんだかバタバタとして、ブログを書くどころか、お気に入りブログを読む余裕もない有様です。が、どうしても書いておきたいことがあり久しぶりにブログを開きましたー。

タイトル通り、「スーチキ」という1匹の猫の話です。
猫ボラ仲間のNさんから、「相談したいことがある」と電話をもらったのが3月の8日。相談とは、昨年11月に心筋肥大症と診断されて入退院を繰り返していたスーチキを引き取ってもらえないか、ということでした。

スーチキは、お腹に水が溜まる症状が出ていて、腹水がで始めると2週間から長くて1年半ほどで亡くなるとわたしもネットで読んでいたので、そろそろ誰かの家に入れたほうが良いのではないかと思っていた頃でした。ただ、うちは、パリちゃんがいた頃と違ってハム太も大きくなってバタバタキャーキャー走り回っているし、パリちゃんが使っていた部屋には小さなトランポリンが置かれているしで、猫自身のストレスになるだろうし、新たな猫を迎え入れるのは難しい……とNさんには伝えたのです。が、その話を夫にしたら、特に何も考えずに「いいよー」という反応だったので、わたしも「部屋を仕切ればなんとかなるかも」と前向きな気分になり、受け入れをOKすることにしました。

すると、あれよあれよと話が進み、返事をした2日後にはスーチキが我が家にやって来たのです。

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わたしには懐いているけれど、急に知らない場所に連れてこられたスーチキはさすがにビクビク。部屋に用意しておいたケージに逃げ込んだものの、その後、ベッド下に移動。そうなることは予想していたので、初めからそこにふかふかの毛布を敷いておきました。そして、1日はあまり声もかけず、放っておきました。

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2日目に、毛布を引っ張ってみたら、素直に毛布に乗ったまま出て来たスーチキ。そう、初めはこんな風に、毛布を全部はひっぱり出さずに、一部ベッド下に残してスーチキが隠れている気持ちになれるようにしていたんだっけ。つい半月前のことがもう懐かしいです。

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毛布を徐々に引っ張り出して、ついに部屋の真ん中に座っていられるようになったスーチキ。
スーチキは、外ではとても怖がりで、遠くに知らない人影が見えただけで隠れるような猫です。そして、男の人がとっても苦手。なので、初めの方は夫に遠慮してもらうようお願いしていましたが、数日で、夫が部屋を覗いて声をかけても平気になりました。不特定多数の人がいる戸外と違って、決まった人しかいない家の中にいると、安心するんですね。スーチキは、仕切りの中にはわたししか入ってこないと安心しきっていたのか、ハム太が部屋のドアをバンと開けて乱入して来ても、逃げなくなりました。

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うちに来て6日目の写真。最初と顔が全然違う〜。
あまり時間がかからずに慣れてくれたのはいいのですが、ずっと食欲が今ひとつなのが気がかりではありました。そもそも、前の病院を退院して、うちに来ることになったのも、入院中でもばくばく食べていたスーチキの食欲が落ちて、手の施しようがなくなったから、だったのです。でも、何度も入退院を繰り返していたスーチキなので、また元気が戻るのではないかと思ってました。

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うちに来て1週間目。ふと覗いたら、定位置の毛布の上に姿がなくて、「いない!」と思ったら、なんとベッドの上に置いておいたニャンモックに埋もれる姿が! うちの猫たちが全く使ってくれなかったニャンモックなのですが、もしかしたら・・・と期待を込めておいておいたんです。が、スーチキは毛布の上から動くことがほぼなかった(ご飯も、毛布にうずくまったまま、わたしが食べさせてあげてました)ので、すっかり諦めていたのです。この日はとっても嬉しかったなぁ。

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しかし、食欲不振が深刻になって「それだけしか食べないの?」と心配するようになった頃、よーくみたら、右のほっぺが腫れている。1ヶ月ほど前に喧嘩をしたのか右ほほを噛まれたいたのですが、その傷が再燃してしまったらしいのです。病院に行くと、猫の咬み傷は小さいので表面は治りやすいのだけど、奥に菌が残って1ヶ月後に腫れるというのはよくあることとのことでした。抗生物質を貰ったのですが、この傷はどんどん腫れて、2日後に破れて血膿がかなり出ました。スーチキはそれで気分が良くなったのか、その日はたくさんご飯を食べました。

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ほっぺの傷が破れた時に汚れてしまったので、毛布を洗おうと思って、薄い毛布に乗せたら「いやいや、こっちがいいですっ」とふかふか毛布に戻って来たスーチキ。ハンモックに乗せても不満顔。それでも取り上げて洗ったら、その日は1日、部屋を覗くたびに「ニャオ(早く毛布返して)」と文句を言っていました。うちに来てから、体調が悪いせいか抱っこをあまり喜ばなかったのだけど、毛布が乾いてから敷き直すために薄い毛布も取り上げたらさっと膝に乗って来たスーチキ。「お膝はいいねえ」としばらくゴロゴロ甘えんぼ。しかし、毛布を敷き直した途端に「あっしはこっちで」と毛布に帰って行きました。これも、今となっては大切な思い出。

食欲が戻って一安心、かと思いきや、次の日からまたあまり食べなくなってしまったスーチキ。病院へ連れて行って、胃の調子が良くなる注射をして、薬を貰って、何日か経てば元気になるかと思ったのですが、大好きな胸肉のおやつさえ食べなくなってしまい・・・4月の1日に病院へ連れて行ったとき、なんと、体温が32度になっていました。こうなるとあまり長くないかも、と言われ、わたしも言われるまでもなく、そうなのだろうと思いました。

その日の午後、Nさんを初めボラの3人の方が、スーチキに会いに来ました。この頃、とてもだるかったのか、わたしが声をかけても、ハム太が騒いでも、耳さえ動かさなかったスーチキですが、Nさんが声をかけた時に耳をピクピクっと動かしました。ここ3年ほど、わたしは週に1回しかボラに入っていないですが、Nさんは毎日来てくれる人。会いたかったんだと思います。

ハム太がついて来てしまうので、わたしは主にハム太が朝起きる前と、夜寝た後に、スーチキの世話をしていました。特に夜は比較的長い時間を取りやすく、薬を飲ませたり、ご飯を食べさせたり、マッサージをしてあげたりしながら一緒に過ごしていました。うちに来たばかりの頃は、頭をごつんとぶつけて来たり、わたしの周りを1周したりしてくれていましたが、どんどん、立ち上がるのも大変になって来たのでしょう、あまり動かなくなって来ていました。よく、心臓に耳を当てて音を聞いていました。ゴロゴロ音とともに、小鳥みたいに速い心音が聞こえていました。スーチキの心臓、頑張って動いているなと思っていました。

4月1日の夜は、胸に耳を当てても、ゴロゴロ音は聞こえて来ませんでした。そして、心音がゆっくりになって来ているのに気がつきました。パリちゃんもそうでしたが、猫は最期の方になると、なぜか目を開けたままぼんやりしているように思います。目をつむればいいのにと思うのですが、開けっぱなしになるのです。

その日の午後から、スーチキは大きな目を開けたまま、ぼんやりしていました。夜になって、すぐ側でじっと見ていたら、時々、目が細くなり、眼球が小刻みに動いているのがわかりました。夢を見ているのだ、と思いました。気がつくと夜中の1時になっていて、わたしも少し眠らなければならない。できたらそばにいたいけど、ハム太は夜中に何度も目を覚まし、わたしがいないと大泣きするので、「少し寝ようね。また明日ね」と声をかけて、電器を消して、部屋を出ました。

目が覚めると朝になっていて、少し迷ってから、スーチキの部屋に行きました。スマホを見ると6時でした。いつものように声をかけてから部屋に入ると、クチャクチャと口を動かす音がしました。食欲がなくなってからというもの、わたしが何か食べさせようとするため、反射的に口をクチャクチャさせるようになっていたのです。近寄って触れてみると、スーチキは死んでいました。たくさんおいた湯たんぽのせいか、体はまだ温かかったけれど、脚はすでに硬くなっていました。目と口は少し開いていたけれど、脚は寝る前にわたしが揃えてあげたそのままの格好で、あまり苦しんだようには見えませんでした。できたら、最期の瞬間、一緒にいてあげたかったけど、スーチキ的には一人で夢うつつの状態から旅立ててよかったのかもしれない、とも思います。

みんなと相談して、お葬式は次の日に。きっと生涯初めての首輪だろう、可愛い黄色のリボンをつけたスーチキを黄色いお花と一緒に箱に寝かせて、タクシーでスーチキの暮らしていた場所へ向かいました。良いお天気で、桜は満開。スーチキを愛した人たちが8人集まってのお葬式でした。みんなそれぞれお花を用意していたんですが、誰かが「やっぱり、黄色のイメージですよね。わたしも黄色い花にしたんです」と。ある人が、一緒に埋めて欲しいと用意してくれた新品のタオルも黄色。黒猫だけど、明るくハッピーなイメージだったのかな。

スーチキは、爪を立てたり噛んだり一切しない猫で、毎日投薬が必要だったのですが、抵抗せずにおとなしく飲んでくれるのでとても助かりました。病院でも「外にいた子とは思えない」と言われたスーチキ。良い猫でした。本当はもう少し長く家にいて欲しかったけど、あまり苦しまずに亡くなったのはよかったです。

後日談、ですが、いつも誰か亡くなるたびに不思議なことが一つや二つ起こるのですが・・・スーチキの場合、亡くなったのを確認した後も、わたしが様子を見に行き声をかけるたびにクチャクチャと口を動かす音が聞こえていました。思わず「死んでるよね?」と確認してしまうほど・・・それから、整えていたはずのハンモックが、猫が乗ったように凹んでいたのです。スーチキが亡くなってから、冷やさないといけなかったので、部屋も冷房でキンキンにしてドアを閉めていました。なので、うちの猫たちが乗ったわけでもなく・・・。わたしが思うに、スーチキは眠りながら亡くなったので、自分が亡くなったことに気づいていなかったのではないかと。そして、今は軽くなった体で、我が家で飼い猫生活を楽しんでいるのではないか、と思います。

たくさんゆっくりしていったらいいよ。
そして、またいつか会おうね。黄色いリボンで遠くからでも見分けるからね。
ありがとう、スーチキ。










# by umitoramarine | 2019-04-05 22:57 | ねこばなし | Comments(5)
長年通っているお蕎麦屋さんがある。
そこのお蕎麦は冷たいのを頼むと、お盆みたいな大きな四角い板に麺が広げられたのが出てくる。
山形の、板そばというらしい。
わたしは、東京の更科蕎麦は麺つゆの味ばかり感じてあまり好きじゃないんだけど、ここの蕎麦は好き。

その蕎麦屋にお昼に行くと、サービスで炊き込みご飯が出てくる。
多分、バリバリ働いている人がランチにお蕎麦だと、あとでお腹空いちゃうからなのかな。
わたしはお蕎麦だけでも足りるんだけど、食いしん坊から炊き込みご飯も必ずもらう。
だって、美味しいんです。月代わりでいろいろ出てくるけど、いつも美味しい。麺つゆを使ってるのかな?

で、先月の炊き込みご飯は、鶏肉と柚子の炊き込みご飯だった。
炊き込みご飯に柚子が入ってるのは初めて食べたんだけど、とっても香りが良くて衝撃的な美味しさだった。
これは、ぜひ家で再現したい!と思って、当てずっぽうレシピで作ってみたんだけど、悪くはないけど全然及ばなかった。
わたしのは、柚子の香りはちょうど良いけど、全体的に味が薄すぎ。
お蕎麦やさんのは、もっと甘みがあって香ばしかった。かと言って醤油が濃いのとも少し違う。
やっぱり、お蕎麦やさんの美味しい麺つゆで作ってあるのかなぁ・・・。
また配合を変えて、あの味に近づけるよう挑戦してみたい。

ともあれ、わたしの作った炊き込みご飯、「あれを混ぜたら美味しいんでは?」と思いつき、やってみたら、思った通りすっごく美味しかった。

混ぜたのはこれ。京都雲月の小松こんぶ。
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わたし、昆布ってあんまり好きじゃなかったんです。
食べられないというわけでもないけど、お弁当の片隅に佃煮とか入っていたら、基本無視していたほど。
でも、少し前に、義母が「これ買ってみたら、何に混ぜても美味しかったから食べてみて」と下さったので、試しに食べてみたら本当〜に美味しかった。佃煮じゃなくて塩昆布かな。で、山椒が少し入っているの。

物足りなかった炊き込みご飯にこれを少し混ぜてみたら、柚子と山椒と昆布のマリアージュ???(笑)で、もう何杯でも食べられそう! これはこれで完成レシピですよ! 

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というわけでメモっておきます。

米 2合
鶏モモミンチ 100g
柚子     半分

調味料 
酒      大さじ1
みりん    大さじ2
醤油     大さじ1
塩      小さじ1/3
おろし生姜  少々
柚子絞り汁  小さじ1

小松昆布   お好みの量

柚子は絞り、皮は白いところがないくらい薄く削いで細切りにしておきます。
洗っておいたお米にひたひたになるまで水を加え、調味料を加えたら一混ぜし、さらに2合の水加減までお水を足します。
水を入れすぎるのが心配な人は、2合分の水を先に加えてから、調味料ぶんの水大さじ5弱をすくい出したあと調味料を加えて一混ぜします。柚子の皮も混ぜておきます。
米の上に、生の鶏モモミンチを水に浸るよう伸ばしてのせます。
炊飯器で普通に炊きます。
炊き上がったら、小松こんぶを混ぜます。

とってもとっても美味しいよ〜。
あ、でも、小松こんぶが混ざってると、白いご飯でもなんでも美味しいんでした。
わたしは、小松こんぶと小さな角切りクリームチーズを混ぜておにぎりにするもの好き♪


# by umitoramarine | 2019-02-18 23:21 | つぶやき | Comments(4)
何年前のことだったか、なんとなくつけたテレビに、黒いものばかりの部屋でインタビューされる黒づくめの服を着た若い男性が映っていました。飼っている可愛いウサギも黒。異様な雰囲気に目が釘付けになり、そのまま番組を見ていたら、その男性は父親に母親を殺されたと言うのです。

母を失ったと言うのに、「人殺しの子」と言われ、社会の居場所を追われた男性。しかし男性は、父親が死刑になって欲しくないと言います。その時、この男性の心情は今ひとつ理解できないまま、真っ黒の画面からただただ絶望感だけが伝わってきました。家族間の殺人の影には、こんな形の被害者が残るんだなと、印象に残りました。

最近、図書館で見かけて「もしかして」と手に取った本。やはり、あの男性が書いたものでした。


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裕福で仲の良い両親に愛されて育った大山さん。
小学6年生の時に父親が母親を殺害し、その生活は一変します。
母親を殺した父親を、当初は自分の手で殺したいほど憎んだそうです。彼の苦しみは、母親を失ったことだけではありませんでした。「人殺しの子」と呼ばれ、居場所を追われ、帰る家もなく食べ物にも困り、彼は非行に走ります鑑別所に入れられたり、何度も自殺を図ろうともします。

しかし、父親の死刑判決が出たとき、彼は真実を知るためにそれまで会っていなかった父親に会いに行くことにします。父親は保険金目的で母親を殺したことになっていました。しかし、大山さんの目には、両親は心から愛し合っていたように見えた。父親が死ぬ前に、気持ちを聞いておきたかったのだそうです。

ひさしぶりに父親に会って、その憔悴した姿にショックを受けます。「人はたった三年半でここまで変わってしまうものなのか。」その変わり果てた姿に、父親の心からの反省と後悔を見たのでしょう。大山さんは、面会と文通を重ね、父親との絆を取り戻していきます。そして、初めは己の手で殺してやりたいとさえ思った父親の死刑判決が覆ることを願うようになります。そして、高裁では証言台に立ち、父親の死刑回避を訴えます。しかし、死刑判決は覆ることはありませんでした。

わたしが数年前に見たテレビでは、大山さんの顔は映っていませんでした。しかし、その後、大山さんは本名や顔を公表して、講演などをするようになります。大山さんの言いたいことは「被害者遺族が望まない死刑もある」ということです。死刑制度そのものを否定したいわけではない。しかし、死刑によって被害者遺族がさらに傷つくことがある。大山さんは、父親が母親を殺したことを許してはいません。それでも、ただ一人の父親を失いたくはないのです。

テレビを観たとき、今ひとつわからなかった大山さんの気持ちが、本を読んでよくわかりました。そして、彼の訴えていることとは別に、わかったことがありました。

「罪を憎んで人を憎まず」
意味は知っていますが、これまでどうも腑に落ちなかった言葉でした。というのは、わたしにとっては、自分を傷つけた誰かの行いとその人を切り離すことが難しいからです。

この本を読んで、大山さんのなさっていることが「罪を憎んで人を憎まず」そのものだということがわかりました。大山さんがこの本を書いた理由とは違うけれど、「ゆるす」とはどういうことなのかが、この本には書かれていると思います。

大山さんは、父親の死刑回避を望み、自分と同じ思いをする人が今後出ないことを願って運動を行いつつも、「このことで母親が悲しむのではないか」とずっと恐れていらっしゃいます。でも、息子を持つ母の立場から言わせていただけるなら、その心配は無用のように思います。自分の子どもが、このように人を許し愛せる人になってくれたら、母親としてはこの上なく嬉しいことだと思います。

そして、一読者としては、大山さんの今後の幸せを祈ってやみません。




# by umitoramarine | 2019-02-18 00:41 | 本のこと | Comments(0)