シーグラスはたからもの seaglass8.exblog.jp

アラフォーのわたしと夫と猫2匹の暮らしに、男児が一人加わりました(2016年11月)。おいしいもの、猫、本、アートと子育て日記。


by umi
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

カテゴリ:ねこばなし( 9 )

ありがとう、パリちゃん

9月29日の夜、パリちゃんが亡くなりました。
前日から急に食欲がなくなり、今度こそお別れなのだなあと覚悟していました。

その日は、朝から何も食べず、たまに水を含ませて体の向きを変えてあげるとき以外、スースーと同じ姿勢で深く眠っていました。夜21時過ぎにお水を飲ませて、その日なかなか寝付かなかった息子がやっと眠りに落ちた23時過ぎ、様子を見に行ったら既に亡くなっていました。きっと、最後のお水を飲んだ後すぐあたりに亡くなったのかなぁ。
その場にいてあげることはできなかったけど、それはきっとそうなるだろうと思っていました。

前日の夜、ゆっくり抱っこして話しかけたとき、パリちゃんは最後の力を使ってゆらりゆらりと尻尾を揺らしてくれたの。「ありがとう」と言ってくれたように思いました。8月頭に倒れて復活してから、苦しそうにしていることも多かったけど、旅立ち前の数日前からパリちゃんは穏やかに眠っていることが多くて、わたしも今度ばかりは本当のお別れなのだと受け止められたし、最後の瞬間にいてあげることはなかったけれど、多分、眠りがまた一段深くなるように亡くなったのだと思います。悔いはありません。

昨日は1日雨だったので、本日、パリちゃんがもともといた場所に埋葬してきました。
普段あまり顔を合わせることのないボラが総勢8名集まりました。
パリちゃんにお線香をあげて、みんなが手を合わせたとき、ボラのIさんが、「パリちゃん、ありがとう」と声に出して言いました。

そうなの。ありがとう、なのよね。お疲れ様、より、安らかに、より、一番言いたいのは「ありがとう」。
ここにいる人達は、猫の世話をしていると言いながら、自分がいかに猫に助けられているかよくわかっている。
慰めとか癒しとかそういうのじゃない。それももちろん多少はあるけど。
毎日、大変だけど猫の世話をしに行く。それが一方的に与えてるだけじゃなくて、それによって自分が支えられているということもよくわかっている。猫ボラと言っても、わたし達はなんの団体でもなく、勝手に猫の世話をしている個人の集まりなのです。猫の世話をしながら、いつの間にか出会った人々。奇跡のようだなあと、たまに思います。

(蛇足ではありますが、わたしたちは完全にTNRを行っており、病気になれば病院へ連れて行き、先の短い猫はパリ同様誰かが引き取って家で面倒を見ています。先人の努力によりこの地域の人々には餌やりをご理解いただいてます。)


そういえば、祖父のお葬式の時も思ったんだけど、愛されていた人のお葬式に出ると、悲しみよりなんだかほっこりする気がします。今日は、普段顔を合わせないボラさん達に会って、みんな和やかで、こういうと語弊があるけど、良い時間を過ごせたのです。こんな良い時間をくれて、パリありがとうって改めて思って。わたしもそういう人になりたいものです。

さて、わたしはと言えば、実はあまりまだ実感が湧かず・・・昨日は、頭ではもう必要ないとわかっていつつ、これまでのように何度も、パリちゃんの様子を確認してしまいました。生きていた時と同じクッションの上で眠っているみたいだったから。今朝も、起きてからいつものように「パリちゃんは・・」と思ってしまった。亡くなったことを忘れたわけじゃないのに、どうも落ち着かない。そして午後、パリちゃんを埋葬してからは、なんだかパリの部屋に入る気がしません。昨日は、ついパリの亡骸に話しかけたり、撫でたり、埋葬前に少しでも綺麗にしてあげようと櫛をかけて体を拭いてあげたり、自分でもよくできるなぁと感じるほど、生きているように接していたのに、パリを送り出した今となって部屋に入るのがこわくなってしまいました。不在を確かめるのが嫌なのかなあ。自分の心が自分でもよくわかりませんが、なので、部屋のドアは閉めたまま。

でも今度息子が預かりの日に、お部屋は丁寧に掃除をしようと思います。
隅々まできれいにして、部屋の空気を入れ替えて、ここ9ヶ月パリ部屋となっていた自分の部屋を取り戻そう。
お部屋をきれいにしても、パリちゃんを忘れることはないから。

いつでもシャーだったパリちゃんが、心を開いてくれてとっても嬉しかった。
パリちゃんと同じ屋根の下で暮らした9ヶ月、楽しかったよ。
ありがとう、パリちゃん。また会おうね。




f0370142_22074113.jpeg

[PR]
by umitoramarine | 2018-10-01 23:09 | ねこばなし | Comments(0)

老猫のオムツ問題

ここ数年、面白いなと思っているのが、夏がどんなに暑くてもカレンダーが9月に変わった途端にきちんと秋になること。今年の夏は本当に、酷暑といえる暑さだったのに、ここ数日なんて肌寒いほど。本当に不思議です。
いつも散歩している植物園にも、キノコがたくさん出ていたよ。

f0370142_23181992.jpeg

さて、今日は、猫のオムツの話を書こうと思います。きっと誰かの役に立つと思うから。
下のお世話の話なので、ご興味ある人だけ読んでくださいませ。

老猫ホームのパリちゃんは、歳なりに元気にしています。
でも、倒れて以来、自分でトイレに行くことは出来なくなってしまいました。
それで、オムツをしてもらうことになったんだけど、うちに来る前からパリちゃんはずっとお腹がゆるく、オムツをしていても尻尾の穴からそれが100%の確率で漏れてしまうのが悩みのタネでした。

オムツも結構お金がかかるので、いっそするのをやめようかとも思いましたが、一応尿は堰き止めてくれるので、その分だけでも掃除の負担を軽くしたくて続けてました。それでも、1日に何度も何度も粗相の掃除。息子の世話の合間を縫って、休む間も無く掃除をしていて、心が折れそうでした。

ちなみに、オムツは犬猫用のもので、いろんなメーカーやサイズを変えて3種類試したのですが、全部ダメでした。よく、犬猫用は高いので人間用のを使うという話は聞くのですが、足回りがフィットしないのではないかと思ったし、時間がないので「尻尾の穴を開ける」という一手間さえ省きたくて、犬猫用のを使ってました。あと、人間用のオムツって一袋に90枚とか入ってるので、ダメだったときに残っても困る・・・と思ったのもあります。

しかし、犬猫用の高いのは1枚100円ほど(一番安いのは1枚あたり35円くらいでした)。それも1日になんども取り替えるから本当に高くて・・・人間の新生児のオムツだと、1枚あたり10円ちょっとなので、比べるとだいぶ安いのです(それでも、息子のオムツを買ってた頃は、オムツって高いな〜と思ってたんですが)。

それで、コスト面を考えて、試しに新生児用のオムツを使ってみたら・・・・
これが、よかった。尻尾穴の一手間はありますが、しかし、全く漏れることがなくなった!
だから、尻尾穴の一手間を差し引いても、すっごく楽になったんです。なんでもっと早く使わなかったんだろう。

犬猫用だと最長6時間ですが、新生児用は最長12時間。使われている吸水ポリマーの量が全然違います。
それから、写真左が犬猫用なのですが、犬猫用はテープをつけられる場所が限られていて微調整が効かないんですが、人間用のはテープがどこにでもつくので、結局、足回りもこっちの方がフィットしやすいのです。
これで犬猫用が約10倍もするなんて・・・。


f0370142_23184436.jpeg

使い方は、新生児用のオムツのお腹側を猫の背中側として使います。
写真右はパンパースの新生児用テープタイプです。
「前」と書いてあるお腹側の、絵柄の真ん中に尻尾穴を開けます。

この部分はポリマーが入っていて切りにくいので、カッターでやるよりハサミでやった方が楽です。
切りたい部分をちょっと山折にして、1〜1.5センチの切り込みを入れます(広げると2〜3センチになるよう)。


f0370142_23190975.jpeg

その切り込みにハサミを入れて、今度は左右に切り込みを入れます。
逆T字みたいな感じ。クロスになってもいいと思いますが。


f0370142_23192808.jpeg

ここに尻尾を通して、背中側でテープを止めます。
テープは足回りを見ながら、斜めに引っ張って✖️になるように止めると良いです。
(その子の体型にもよりますが)

そうそう、犬猫用のオムツを使っていたとき、オムツを変えるときに尻尾が汚れてしまうのも悩みの種だったの。弱ってるからそうそう洗うわけにもいかないし・・・。
でもなぜか、新生児用のオムツにしてから、こんな細い穴なのに尻尾が汚れにくくなりました。
多分、吸水ポリマーがしっかり吸収してくれてるからかな。

せっかく犬猫オムツを開発してくれているメーカーさんには悪いですが、コスト面でも使い勝手でも、新生児用オムツが圧勝です。

介護って毎日のことで、本当に疲弊してきますから、オムツの使い勝手一つでかなり変わるのです。
これまで、毎朝、パリの部屋のドアを開けるのが恐怖だったけど、今は割と安心して開けられます。

この記事が、同じようにオムツ問題で悩んでいる誰かの役に立ちますように・・・。

[PR]
by umitoramarine | 2018-09-14 23:59 | ねこばなし | Comments(0)

老猫ホーム開業

もう8月も終わり。すっかりご無沙汰してしまいました。

実は、8月5日にパリちゃんが倒れたのです。
夫からの電話で、外出先からタクシーで帰宅。
間に合わないのかもと思ったけれど、家に着いたときも、パリちゃんは痙攣の真っ最中。
痙攣を起こすのは初めてのことで、わたしは、最期に苦しみでもがいているのかと思ったのですが、そうではなく、てんかんの発作だったみたい。その日は日曜日で、困って電話したボラ仲間さんがてんかん薬を持って駆けつけてくれたものの薬の効果はなく、次の日病院で別のてんかん薬を打ってもらったけれど、それも効かずで5分ごとに息荒く横たわったままもがくパリちゃん。そのまま3日間、自分では足1本動かすことなく、目も閉じられないのか黒々と瞳孔の開いた目で横たわるパリちゃんを見て、遠くない別れを覚悟したのでした。

もともと、パリちゃんを引き取ったときから、超高齢のため、病気などの積極的な治療は行わず、安らかな老後を目指そうと決めていました。でも、なんだかんだ、病院へ連れて行ってしまっていましたが……。

寝たきりになったパリちゃんを見て、「延命はしない」「楽に逝けるようにサポートしよう」と改めて思ったのですが、実はそれが難しかった。例えば、寝たきりで食事も取れないけど、喉乾くよね? お腹が空いて苦しいんじゃないの? しかし、下手に口に何かを押し込んで、呼吸困難になってしまったら? 考えても、誰かに聞いても、「絶対そうだ」って答えはなくて・・・。何かを「やる」だけじゃなく「やらない」のもわたしが決めないといけない。自分で考えて自分の決断を信じるしかない。それって結構しんどいことでした。

初めは、シリンジでの強制給餌などしないことにしようと思っていましたが。3日目あたりに、液状のフードを指につけて口元に持って行ったら舐めることができたので、少しずつ与えることに。そしたら、そのうち、食べられる量が増え、シリンジで口に入れてあげたら1日1〜2パック食べられるようになってきた。それでも、気休めみたいなものだと思ってましたが、なんと、4日目にパリちゃんが急に歩いたんです! 歩くと行っても、2〜3歩、両足もしっかり立たずゾンビみたいな動きでしたけど。もう動けないとばかり思っていたので、驚きました。

そのときも、最後の頑張りってこともあるから、と思っていたのですが、パリちゃんの食事量は日々増えて行き、いつのまにか場所移動していることも増え、ついに、割としっかり両足で立てるようになったんです。

でも、あの発作は、やはり脳にダメージを与えたのか、パリちゃんは元のパリちゃんではなくなりました。一体どこへ行きたいのか、壁に向かって進もうとしていることもあったり、ご飯は支えてあげないと食べられず、トイレにもいけないのでオムツ姿です。

毎朝、パリちゃんのオムツを替え、部屋の掃除をし(どうしても、オムツから漏れてしまう)、支えてご飯を食べさせ、輸液をし。輸液以外は昼も夜も、一日何度もやります。

輸液を続けることも、パリちゃんにとって良いのか悪いのか悩みましたが、ボラ仲間さんや病院で聞いた結果、「脱水は苦しいものだから続けてあげていいと思う」とのことで、毎日輸液をしています。正直、水を自分で飲むこともできないので、輸液をしていなければパリちゃんはとっくに亡くなっていると思います。でも、無駄な延命なのかどうかは、わからない・・・。わたしの希望は、あまり苦しまずに逝ってほしいということで、輸液を続けながらある日眠るように亡くなってくれたら、乾きで苦しんで亡くなるよりいいのかなぁ、という考えです。

でも、ここ一月近く、ずっと「パリちゃんを苦しめることなく見送る」スタンスでいたんですが、ある日、気づいたんです。パリちゃん本人は、死ぬ気がないのでは、と。なんだか、気がつけば1日10パックものフードを平らげ(でも液状じゃないと食べられないんですが)、食後に顔を拭いてあげていると「すまないね」って、以前と同じ顔で伝えてくれるパリちゃん。こっちは、もうこの歳だし・・・って思ってたけど、あ、生きる気満々?笑 

そこで、5日ごとに貰いに行っていた輸液を、先日は10日ぶん出して貰いました。まだまだ、1月ぶんとかはもらえないです。でも、ここは「緩和ケア病棟」じゃなく「特別養護老猫ホーム」だって認識を改めました。

外にいたら、パリはもっと前に亡くなっていたことでしょう。家に入れたら、パリの代わりに、わたしが全部考えて決めないといけない。それは大変な責任だし、毎日のお世話も大変じゃないっていうと嘘になります。いや、大変よ。しかしながら、こうして、少しずつ衰えていく姿を見せてくれるパリちゃんに感謝もしています。命が簡単に散ることもあるけれど、そう簡単に果てるものではないっていうのも教えてくれた。やや認知症っぽくて、わたしが誰だか、自分がどこにいるのか、どこまでわかっているのかわかりませんが、かつてはご飯をあげるのに近づくだけで「シャー」って言ってたパリちゃんが、抵抗もせず、わたしの足の間でおすわりのできない赤ちゃんみたいなかっこでご飯を食べている。

なんだかこんな時間が過ごせるもの、贈り物のような気もする。
もし、8月5日にあっさりとパリちゃんが逝っていたら、わたしはきっとすでに立ち直っていることでしょう。元々、もう長くないからこそ引き取ったというのもあるし、これは死生観の問題で、わたしは「死」そのものを忌むべきと思ってないんです。もちろん、若くして不慮の事故や病死は悲しい。逝く方も残される方も、それを見る人たちも。でも、大往生ならね、誰もがいつか死ぬのだからって思う。もし、わたしの猫が死んだら、100歳まで生きた後でも嘆き悲しむと思いますが、それは死が悲しいからじゃなく、わたしが自分の猫に依存しているからなんです。依存が悪いわけではなく、家族とは依存し合うものだと思う。だから亡くなると悲しい。だけどパリちゃんには、とても愛情は持っていますが、依存はしていないのです。だから、亡くなると少し寂しいけれど、嘆き悲しむということはないと思う。でもこうして、否応無しに濃い日々を共に過ごして、パリはどうしたいのか? 幸せなのか? どう感じているのか? 何をしてあげられるのか?なんて色々考えていると・・・少しずつ、家族になってくる気がする。あっさりとさよならをするより、ちょっと涙が増えるかもしれない。でもこれって、ギフトだよなあって、思うんです。

いつまで続くのか、明日終わったっておかしくないし、もしかしたらあと数ヶ月、あと1年? さすがに数年はもたないと思いますが、贈り物の日々、大切に過ごして行きたいと思います。

[PR]
by umitoramarine | 2018-09-01 00:10 | ねこばなし | Comments(0)
昨年末、パリちゃんが我が家へ来てから半年が経ちました。
冬を越せないだろうと思われていたパリちゃん、元気でがんばっています。

驚かされるのはその食欲で、うちの猫たちはひとつかみのカリカリ+パウチ一袋(または缶詰一つ)を食べるところ、パリちゃんは毎日5〜6袋のパウチ+少量のカリカリを食べるのです。うちの他の猫はカリカリ+パウチ1つなので、3匹分くらい食べてるってことです。でも、全く太らない・・・。

うちに来たときすでに、大柄な雄猫の体格に対して3.5kgとかなり痩せていたのですが、最近急に痩せが進んだので病院へ連れて行きました。体重が2.7kgに減っていました。念のために血液検査をしたら、もともと悪かった肝臓の数値はむしろ良くなって、年齢的なことを考えると満点とも言える結果に。つまり、「老衰」とのことでした。

わたしも、年齢的なことを考えて、仮にどこかが悪くても積極的な治療は行わないつもりでいたので、脱水症状を軽減する為に(脱水の状態は苦しいものだそうなので)、輸液をしてもらい、今後はそれだけを行うことに。病院へ行くのもパリにもわたしにも負担が大きいので、家で輸液を行うことにしました。

輸液は見た目は人間のものとほとんど一緒。首のあたりに45度に針を刺します。
一度練習をさせてもらいましたがスムーズにできました。
「Umiさん、上手です。これなら大丈夫。結構、最初は「針なんて刺せない〜」って人多いんですよ」と言われました。言われてみて、そういうものかと。わたしは一切ためらわずにブスッとやっちゃいましたが・・・多分、自分自身、注射を受けることにあまり抵抗がないからそうなんだと思います。また、パリちゃんがとても良い子で、針を刺した途端にガウっと来ないのも信じてるし。他の猫ならこうは行きません。

f0370142_13103774.jpeg

パリちゃんは、歯が悪いわけではないのですが、急にパウチの中でもほとんど流動食と言えるほど液体っぽいものを好むようになりましたが、まだ良く食べ、目にしっかりと光があります。でも体重は1週間でさらに減って2.45kgへ。こうなると、いつ亡くなってもおかしくないんだろうと覚悟はしています。


f0370142_12453277.jpeg

・・・という記事を途中まで書いて、保存したのが先週末だったのですが。
気がついたら、パリちゃん、食欲が戻って、毎食もりもり食べてるじゃないの・・・。
抱っこしようと持ち上げたら、先週はふわりと枯れ木みたいだったパリちゃんに重みが。

え〜、フェ、フェイントですか、パリちゃんっ。
高齢猫用ウェットフードさえも食べられないようだったので、液体状のフードを購入したら気に入り、毎日ウェット5袋、液体5袋、カリカリにチュール数本召し上がっています。結局、前よりさらに食べるようになってるんですけどー。

ボラ仲間さんに「パリちゃんはもう長くないと思います」と言ってしまったので、訂正のメールをしたら、喜びでパニックになっておられました。愛されてるね、パリちゃん。

もしかしたら、急に暑くなったので、夏バテしていたのかなあ?
輸液で脱水症状が緩和されて食欲が戻ったのかなと思いますが。

勝手に「もう長くない」なんて言ってごめんね。

f0370142_13580279.jpeg

f0370142_13581967.jpeg


まだまだやる気充分のパリちゃんなのでした。



[PR]
by umitoramarine | 2018-07-13 14:07 | ねこばなし | Comments(2)

ノリマキの思い出写真


f0370142_22444364.jpg

f0370142_22444803.jpg
f0370142_22445460.jpg
f0370142_22450316.jpg
f0370142_22451938.jpg
f0370142_22453028.jpg
f0370142_22453959.jpg
今日の餌やり、ノリマキを呼ぶ必要がなくてさみしかったよ。






[PR]
by umitoramarine | 2018-04-01 23:00 | ねこばなし | Comments(2)
今日の夕方、ふとスマホを見たら、猫ボラSさんからメールが来ていました。
一言、「ノリマキちゃんが亡くなっていました」と。

わたしは昨日、餌やり当番だったのです。
ノリマキは呼んでも姿を見せず、連絡ノートを見て、ノリマキが前日現れていないというのを確認していたので、心配になって少し探したけれど見つからなかったのでした。でも、猫が何日か姿を見せないと言うのはたまにあることなので、それほど深刻には考えていなくて・・・。

驚いて「本当ですか?」と返信しそうになるのを、もちろん冗談でそんなことを言うわけがなく、「事故ですか?」と返信したら、Sさんが電話をくれて、発見した状況を教えてくれました。1週間ほど食欲がなく、病院へ連れて行こうと思って探していたら、遺体を発見したとのことでした。

ノリマキは、あの地域の猫の中で一番若い猫でした。
小柄で、お団子のように固く太っていて、いつもつやつやと毛並みが良くて。
他の老猫たちに比べるとまるでいつまでも仔猫みたいで、まさかこの子が死んでしまうとは誰も思っていなかったのです。

わたしも、ボラを始めてからもう数え切れないほどの猫たちを見送りました。
家の猫たちと違って自分が全責任を負えるわけでもないし、猫たちの死は、さみしいけれど仕方のないこととドライに割り切って来ました。野良猫の自由と、ご飯に困らず病院へも連れて行ってもらえる飼い猫の特典を両方持ったここの猫たちは、とても幸せなのではないかと思っているので、天寿を全うした子たちの旅立ちを見送れることは、ある意味、責任を果たせた満足感さえ感じられるものでした。
でもそれは、やはりそれなりに長生きした猫に限ってのことだったのだなあ。

わたしはボラ先の猫たちはどの子も本当に可愛いと思っていますが、中には特別思い入れのある猫たち(例えば、長年をかけて信頼を得たパリや、遠くからでもわたしを見分けるテブクロや、なんだか気持ちの通じる気のする数匹の猫たち)がいます。

f0370142_22454896.jpg

ノリマキには、そう言う意味で、あまり思い入れはありませんでした。
ここの地域の猫に関わるようになってから、ノリマキとわたしの関係は、ほどほどに仲良しの平行線を辿っていました。
なのに、ノリマキの死には自分で思った以上のショックを受けています。
安心しきって歩いていた道で、落とし穴に落ちてしまったような気分。
ノリマキの旅立ちは早すぎました。

いつも、誰かと長いお別れをすることになったとき、悲しみの大きさはその相手からもらったものの大きさだと考えています。悲しみの大きさは、その存在の開けた穴と同じ大きさと同じなのです。そうすると、悲しむほどに感謝の気持ちが溢れて来て、ぽっかり空いた穴に流れ込んでくれます。悲しみが無くなるわけではないんだけれど、少し痛みが和らぐのです。

わたしは、ノリマキを特別な猫だとは思っていなかったけれど、「ノリー!」と大声で呼んだときに、どこからともなく駆け寄ってくるノリマキの様子が好きでした。ノリマキの歩き方はなんだかいつも楽しそうで、急に屋根の上から降りて来たり、いたずらっぽいところがありました。

猫たちの世話をするのはわたしの幸せではありますが、自分で思っていた以上に、ノリマキから幸せをもらっていたみたい。ノリマキちゃん、ありがとう。今までありがとう。
またいつか、どこかで会おうね。


f0370142_22460735.jpg

[PR]
by umitoramarine | 2018-03-26 23:25 | ねこばなし | Comments(0)

エーちゃんの怒り。

うちの黒猫、えーちゃんは、末っ子らしく甘え上手でワガママなところがあるけれど、基本的に明るく元気な可愛い子。黒猫は警戒心が強く飼い主に忠実と言われるようですが、確かに知らない人は苦手で(ピンポーンが鳴っただけで隠れてしまう)家族にはベタベタ。夫とわたしが一緒にいると必ず仲間入りしに来、口喧嘩でもしようものなら「ニャー!」と怒って止めようとする、優しい子です。

f0370142_16274945.jpeg
そのえーちゃんが、先日、なんだかとってもわたしに怒ってる。
朝、ご飯をあげたときは普通だったのに、その後、おやつをあげようと呼んでも無視してキャットタワーの上からすごい目をしてわたしを睨むのです。いつもなら呼ばなくても飛んでくるのに。

怒られる心当たりは全くなく、具合でも悪いのかと「どうかした?」とそばに寄ったら、「ウワァ〜〜」と、猫同士の本気の喧嘩みたいな変な唸り声をあげる始末。触ったら、かなり手加減していましたが、カプカプっと噛まれました。

えーちゃんと暮らして4年になるけど、こんなに怒っているのを見たのは初めてで、前の晩わたしと寝たかったのにもう一匹の猫に邪魔されたからかとか、知らないうちに尻尾でも踏んのかとか、考えてみてもそんなことでここまで怒ると思えない。

腑に落ちないまま、夫が仲を取り持ってくれて、えーちゃんの態度は軟化し、いつの間にか元に戻ってました。

謎が解けたのはその夜、えーちゃんの根城であるわたしの部屋へ行ったら、その朝、引き出しの奥から出したラビットファーのボレロがあったんです。20代の頃に、若気の至りで買ったやつね。探し物をしているときに見つけて、今後使うこともないし綺麗だったので、フリマサイトで売ってしまおうかと出しておいたんです。

えーちゃん、多分、朝ごはんを食べに部屋へ行って、この毛皮を見つけたんでしょう。ふわふわにそそられて近寄ったら動物の匂いがして、しかも、すでに死んでるってわかったんじゃないかな。

えーちゃんって、猫にしては抜群の気持ち良い毛皮を持っていて、よく「マフラーにしたい」なんて冗談で言ってたんですが、えーちゃんにしてみれば「あれは本気だったか・・・」と思ったのかもしれません。

昔から動物大好きを自称しながら、たまにこんな毛皮ものを使ったりしてたわたし。ここ数年で、こういった動物がどれほど苦しい思いをさせられてるかを知り、新たに購入するのは止めていたんですが、えーちゃんには申し訳ないことをしました。

数年前、アンゴラのセーターを買った後に、その毛がどう採取されているかを知ってショックだったし、お肌も荒れやすいので、肌に触れるものはコットンを選ぶことが多いんだけど、そのコットンもオーガニックでないものは収穫時に枯葉剤を大量に使うもので環境に良くないみたいで、誰も傷つけない、環境にも優しいものを選ぶって難しいなぁと思います。でも、普段何気なく使っているものが、どんな過程を経て手元にやってきたか、知った上で納得して使うことってきっと大切なことですね。

ウサギさんのボレロは、とりあえずすでに形になってしまったものなので、新しい持ち主さんに大切に使っていただくことにして、これからは気をつけようと思ったのでした。





[PR]
by umitoramarine | 2017-10-10 16:58 | ねこばなし | Comments(2)
わたしが猫ボランティアをしている地域の歯医者さんへ行ったので、当番ではなかったのですが、オヤツを持って猫達に会いに行きました。そのとき出てきてくれた猫、パリちゃん。白い部分が全くない、本物の黒猫です。

f0370142_10413242.jpg


オヤツの鶏肉を食べたあと、尻尾を立ててわたしの脚に寄り添ってくれました。ちょっとした親愛の情を表す仕草ですが、うれしくて感動。というのも、何年も世話をしてきて、初めてのことだったんです。


f0370142_10413292.jpg


多くの外猫達はそれなりに警戒心が強く、誰にでも触らせるような子はあまりいません。あまりに人なつこいと逆にイタズラされたりと危険なので、警戒心は多少あったほうがいいのです。でも、さすがに、何年も世話をしている人には慣れてほしいなぁと思うことも。パリちゃんはこの地域の猫達の中でダントツに警戒心が強く、一番長く、毎日のようにお世話しているボラさん達にも触らせない子でした。わたしだってもう、何年になるか……。でも、ご飯のお皿を持って近づくたびに「シャーッ!!」と威嚇するような子だったんです。ほんの数ヶ月前まで。

パリちゃんは触らせてくれないうえに、グルーミングも下手なのか、抜け替わった毛の固まりが灰色になっていくつもぶらさがっている始末。さらに、人を避けて隅っこに隠れるせいか、蜘蛛の巣やら落ち葉やらがくっついて、はっきり言って汚い猫でした。「いつかパリちゃんにブラシがかけたい」と思いながら、シャーッと言われるたびに「こわくないよ。大丈夫だよ」と声をかけ続けてきました。

f0370142_10413224.jpg
そんなパリちゃんに変化が訪れたのは、昨年も暮れに近づいた日のことだったでしょうか。いつものように警戒しつつご飯を食べに来たものの、なんだか距離が近い。それで、そーっと背中を触ってみたんです。驚いて離れましたが、遠くまでは逃げず。

ボラさんに聞いたところ、体調を悪くしていたときに捕獲して病院へ連れて行ったとき、(逃げるといけないので)ケージに入れたまま獣医さんが身体検査をしていたのですが、そのうちゴロゴロ…と喉を鳴らす音が聴こえてきて、それ以来、ボラさん達も触れるようになったそうです。優しくしてくれる人に触られるのは気持ちいいって分かったんですね。

それでもやはり、警戒心が氷解する訳ではなくて、初めはご飯を食べている間に触らせてくれるだけだったのが、この日初めて自分から寄り添ってくれたのです。パリちゃんの背中は、前とは見違えるほどつやつや。ブラシや撫でられるのを受け入れるようになったからというのもありますが、一部の人に心を開いて触らせるようになったこと、リラックスできるようになったことがパリちゃんを健康にして、それが毛艶に出てきたのではないかという気がします。パリちゃん、よかった! 

ちょっとスピリチュアル的な話になるのですが、「人間に愛された動物は魂の位が上がっていつか人に生まれ変わることができる」と聞いたことがあります。本当かどうか、そもそも生まれ変わりなんてあるのかどうかわかりません。それに、人間に生まれることが動物に生まれるよりも良いことなのかわからない。ときどき、こっちが猫になりたいくらいだもの(笑)。でも、人に愛されて、愛することを知った動物ってちょっと幸せなんじゃないかと思います。全くの野生動物はそれはそれで素敵だけど、ここの猫達はせっかくお世話しているので、誰かが大切に想っていることを知ってくれるとうれしいのです。


猫になったハム太の絵を描きました。似てる!(自画自賛)

f0370142_10413398.jpg




[PR]
by umitoramarine | 2017-02-02 10:36 | ねこばなし | Comments(0)

地域猫の餌やり

月に1回ほどですが、地域猫の餌やりボランティアをしています。



f0370142_01133896.jpg


「野良猫の餌やり」と言うと、最近はよく槍玉に挙げられる迷惑行為のひとつ……ですが、わたしがボランティアをしている地域では、先人達の努力の結果、地域住民と行政にご理解頂いて餌やりをしています。ここの猫達は全て避妊・去勢済で、病気になれば病院へも連れて行きますし、餌も置き餌は一切せずに、食べ終わるまで側で待ち(でないとカラスが来るので…)、終わればきちんとお皿を洗って片付けをしています。雨の日も風の日も、お盆も正月もなく、毎日必ずご飯を与えています。なので、餌やりをするようになってから、周辺地域のゴミ漁りなどのトラブルは減ったそう。


f0370142_01133960.jpg

猫は全部で30匹ほどいますが、このエリアの中でも猫のテリトリーが分かれていて、わたしがボランティアに入るときに担当するのはうち20匹ほど。全ての猫が呼んですぐに出て来るわけではないので、探しまわったりもして、片付けまで終えるのに2〜3時間かかってしまいます。夏は蚊が多く、冬は寒くて、なかなか大変な仕事です。


f0370142_01133956.jpg

でも猫達はとっても可愛い!
基本ノラなので、誰にでも懐くわけではなくて、時間をかけて信頼してもらい、近くに寄れるようになった子ばかりです。猫によっては何年もかかってやっと触れるようになったり……。それでも病院へ連れて行くために捕獲することによって、時間をかけて築いた関係が水の泡になったりもするんですが(涙)。

f0370142_01134068.jpg


ここの猫達は多くが10歳近くになります。メインのボランティアの方達は高齢で、皆さんの願いは、ここのすべて猫達が幸せな生涯を閉じるまでボランティアを続けること。裏を返せば、「動けるうちに、全ての猫を看取りたい」ということです。平均寿命からいけば、わたしは猫達より先に死ぬ可能性は少ないでしょうが、人生なにが起こるかわかりません。

ここ数年、猫の頭数は少しずつですが着実に減ってきています。世話をしてきた猫とのお別れは辛く、いつもの顔ぶれが揃わなくなっていくのは悲しいものですが、やはり減って貰わなくては困るのです。最期まで世話をして見送れることは、喜びでもあります。

子どもの頃、動物が好きだから動物関係の仕事に就きたいと思っていましたが、実際は動物好きな人ほど動物関係の仕事は辛いことが多いものです。こうして損得の無いところで、微力ながら猫の世話が出来ることは、幸せなこと。ボランティアに入る日は、わたしの幸せな日なのです。














[PR]
by umitoramarine | 2016-08-16 01:11 | ねこばなし | Comments(0)