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アラフォーのわたしと夫と猫2匹の暮らしに、男児が一人加わりました(2016年11月)。おいしいもの、猫、本、アートと子育て日記。


by umi
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秋色の日のつぶやき

パリちゃんが、愈々痩せてきて、今度こそもうすぐ本当のお別れだと感じる。
食欲は相変わらずあるのに、正視するのが辛いほど、骨と皮ばかりになってしまった。

誰だって最後は死ぬのだし、パリちゃんはとても長生きという意味で大往生になるのだから、あまり悲しまないようにしようと思っていたけれど、やはり悲しい気持ちになる。心のどこかで、もしかしたらパリちゃんは永遠に死なないかもしれないと思ってた。まだ死んだわけじゃないからわからないけど。

今日、息子を寝かせてから、パリちゃんを膝に乗せてしばらく撫でていた。コツコツと、刺さりそうなくらい骨が出っ張っていた。パリちゃんは大人しく動かないままだったけれど、ずっと目を開けていた。苦しいのかな。何を思っているんだろう。

最近読んだアメリカで書かれた本に、「猫が歳をとり過ぎてもうだめだから安楽死させてもらう」という話が出てきた。その人は、それまで飼った(そして見送った)犬猫の話をしながら涙ぐむほどペットを大切にしていて、安楽死はその人の愛し方なのだ。それに異を唱えたいわけではないけれど、わたしは命の終わりを自分が決めるということを烏滸がましく感じる。パリが生きようとする限り生きる手伝いをして、最後まで見届けるのがわたしの愛し方だと思っている。でも、パリはどう思っているんだろう、今、少しでも幸せだろうか、と考えてしまう。

命には終わりがあるから良いのだと思う。自分だって永遠に生きたいなんて思えないし、パリに永遠に生きてほしいなんて思ってない。でもやっぱり、どんなに長く生きたって、最後には「いかないで」と思ってしまうもので、そしてそれは悪いことではないのだろう。

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幸せとか不幸せとか関係なく、命はただある限り生き続けるものだということをパリちゃんから学んだ気がする。
今わたしができることは何もなくて、ただ、あまり苦しくない最後でありますようにと、それだけ祈っています。





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by umitoramarine | 2018-09-24 01:01 | つぶやき | Comments(0)

水族館は宇宙

今日、2時間くらい自由になる時間があって、何をしたいか考えていたらふと「海が見たいな」って思った。
名前にしているくらいだからね、海が好き。だけどもう長いこと見ていないかも。

家から2時間で行って帰って(ついでに夕飯の買い出しもして)来られる海は思い浮かばなかったけど、そういえば家からそう遠くないところに、水族館があるのを思い出した。そこは、元職場の近くでもあって、夜まで開いているので、仕事帰りに水族館なんてこともやろうと思えばできたんだけど、何年も通いながら結局一度もそんなことはしなかった。水族館の近くに住んで気が向いたら毎日でも寄れる環境だったらいいなあと、子どもの頃、夢見ていたけど、実際に手が届くようになったら結局、仕事が終わったらさっさと家に帰りたくなってた(あるいは、飲みに行くとか)。今年の夏、外で遊ぶにはあんまり暑すぎたので、息子を連れて行くために、初めてパスポートを作った。正規料金2回分でパスポートが作れるのだから安いものだけど、夏休みは混むので、結局あれ以来行ってない。

なので今日、息子抜きで、海の代わりに水族館へ行ってきた。息子の機嫌を取りながらじゃなくて、イルカのショーをゆっくり見たかったのです。イルカは大好きなんだけど、こうして狭い水槽に閉じ込められショーをさせられているのには複雑な気持ちになる。でも、イルカが天井近くまで跳ねたり、爽快なスピードで泳ぐのを見ると嬉しくなってしまうし、ショーが二度と見られないとしたら残念に思うと思う。イルカを始め、人間を楽しませてくれる動物たちには本当に感謝しないとね。

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イルカショーを見終わった後、少し残って、自由に泳ぐイルカたちを眺めていたら、目の前を首も座っていない赤ちゃんを抱いた女性が通り過ぎた。まだ新生児くらいの子の首を支えて、イルカを見せている。と思ったら、その子から透明な管が伸びていて、それは隣に寄り添う男性の持った大きなバッグにつながっていた。たぶん、酸素ボンベだと思う。もしかしたら、この子はあまりこの世での時間を持っていなくて、だから本当はもう少し大きくなったらしたかったことをしているのかな……と思った。赤ちゃんを抱いたご夫婦は本当に嬉しそうで楽しそうで、そんな3人の記念写真を、連れの人が撮ってあげていた。わたしの思い違いだといい、あの笑顔はずっと中まで笑顔だといい、と思いながら、その場を後にした。

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水族館に来ると、いつも、中学生の頃読んだ漫画のセリフを思い出す。
「水族館は宇宙」。
イルカが大好きで人とのコミュニケーションが少し苦手な男の子と、その子を好きになってしまった女の子のお話でした。


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うん、水族館は宇宙だね。

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by umitoramarine | 2018-09-20 00:30 | つぶやき | Comments(0)

老猫のオムツ問題

ここ数年、面白いなと思っているのが、夏がどんなに暑くてもカレンダーが9月に変わった途端にきちんと秋になること。今年の夏は本当に、酷暑といえる暑さだったのに、ここ数日なんて肌寒いほど。本当に不思議です。
いつも散歩している植物園にも、キノコがたくさん出ていたよ。

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さて、今日は、猫のオムツの話を書こうと思います。きっと誰かの役に立つと思うから。
下のお世話の話なので、ご興味ある人だけ読んでくださいませ。

老猫ホームのパリちゃんは、歳なりに元気にしています。
でも、倒れて以来、自分でトイレに行くことは出来なくなってしまいました。
それで、オムツをしてもらうことになったんだけど、うちに来る前からパリちゃんはずっとお腹がゆるく、オムツをしていても尻尾の穴からそれが100%の確率で漏れてしまうのが悩みのタネでした。

オムツも結構お金がかかるので、いっそするのをやめようかとも思いましたが、一応尿は堰き止めてくれるので、その分だけでも掃除の負担を軽くしたくて続けてました。それでも、1日に何度も何度も粗相の掃除。息子の世話の合間を縫って、休む間も無く掃除をしていて、心が折れそうでした。

ちなみに、オムツは犬猫用のもので、いろんなメーカーやサイズを変えて3種類試したのですが、全部ダメでした。よく、犬猫用は高いので人間用のを使うという話は聞くのですが、足回りがフィットしないのではないかと思ったし、時間がないので「尻尾の穴を開ける」という一手間さえ省きたくて、犬猫用のを使ってました。あと、人間用のオムツって一袋に90枚とか入ってるので、ダメだったときに残っても困る・・・と思ったのもあります。

しかし、犬猫用の高いのは1枚100円ほど(一番安いのは1枚あたり35円くらいでした)。それも1日になんども取り替えるから本当に高くて・・・人間の新生児のオムツだと、1枚あたり10円ちょっとなので、比べるとだいぶ安いのです(それでも、息子のオムツを買ってた頃は、オムツって高いな〜と思ってたんですが)。

それで、コスト面を考えて、試しに新生児用のオムツを使ってみたら・・・・
これが、よかった。尻尾穴の一手間はありますが、しかし、全く漏れることがなくなった!
だから、尻尾穴の一手間を差し引いても、すっごく楽になったんです。なんでもっと早く使わなかったんだろう。

犬猫用だと最長6時間ですが、新生児用は最長12時間。使われている吸水ポリマーの量が全然違います。
それから、写真左が犬猫用なのですが、犬猫用はテープをつけられる場所が限られていて微調整が効かないんですが、人間用のはテープがどこにでもつくので、結局、足回りもこっちの方がフィットしやすいのです。
これで犬猫用が約10倍もするなんて・・・。


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使い方は、新生児用のオムツのお腹側を猫の背中側として使います。
写真右はパンパースの新生児用テープタイプです。
「前」と書いてあるお腹側の、絵柄の真ん中に尻尾穴を開けます。

この部分はポリマーが入っていて切りにくいので、カッターでやるよりハサミでやった方が楽です。
切りたい部分をちょっと山折にして、1〜1.5センチの切り込みを入れます(広げると2〜3センチになるよう)。


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その切り込みにハサミを入れて、今度は左右に切り込みを入れます。
逆T字みたいな感じ。クロスになってもいいと思いますが。


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ここに尻尾を通して、背中側でテープを止めます。
テープは足回りを見ながら、斜めに引っ張って✖️になるように止めると良いです。
(その子の体型にもよりますが)

そうそう、犬猫用のオムツを使っていたとき、オムツを変えるときに尻尾が汚れてしまうのも悩みの種だったの。弱ってるからそうそう洗うわけにもいかないし・・・。
でもなぜか、新生児用のオムツにしてから、こんな細い穴なのに尻尾が汚れにくくなりました。
多分、吸水ポリマーがしっかり吸収してくれてるからかな。

せっかく犬猫オムツを開発してくれているメーカーさんには悪いですが、コスト面でも使い勝手でも、新生児用オムツが圧勝です。

介護って毎日のことで、本当に疲弊してきますから、オムツの使い勝手一つでかなり変わるのです。
これまで、毎朝、パリの部屋のドアを開けるのが恐怖だったけど、今は割と安心して開けられます。

この記事が、同じようにオムツ問題で悩んでいる誰かの役に立ちますように・・・。

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by umitoramarine | 2018-09-14 23:59 | ねこばなし | Comments(0)

老猫ホーム開業

もう8月も終わり。すっかりご無沙汰してしまいました。

実は、8月5日にパリちゃんが倒れたのです。
夫からの電話で、外出先からタクシーで帰宅。
間に合わないのかもと思ったけれど、家に着いたときも、パリちゃんは痙攣の真っ最中。
痙攣を起こすのは初めてのことで、わたしは、最期に苦しみでもがいているのかと思ったのですが、そうではなく、てんかんの発作だったみたい。その日は日曜日で、困って電話したボラ仲間さんがてんかん薬を持って駆けつけてくれたものの薬の効果はなく、次の日病院で別のてんかん薬を打ってもらったけれど、それも効かずで5分ごとに息荒く横たわったままもがくパリちゃん。そのまま3日間、自分では足1本動かすことなく、目も閉じられないのか黒々と瞳孔の開いた目で横たわるパリちゃんを見て、遠くない別れを覚悟したのでした。

もともと、パリちゃんを引き取ったときから、超高齢のため、病気などの積極的な治療は行わず、安らかな老後を目指そうと決めていました。でも、なんだかんだ、病院へ連れて行ってしまっていましたが……。

寝たきりになったパリちゃんを見て、「延命はしない」「楽に逝けるようにサポートしよう」と改めて思ったのですが、実はそれが難しかった。例えば、寝たきりで食事も取れないけど、喉乾くよね? お腹が空いて苦しいんじゃないの? しかし、下手に口に何かを押し込んで、呼吸困難になってしまったら? 考えても、誰かに聞いても、「絶対そうだ」って答えはなくて・・・。何かを「やる」だけじゃなく「やらない」のもわたしが決めないといけない。自分で考えて自分の決断を信じるしかない。それって結構しんどいことでした。

初めは、シリンジでの強制給餌などしないことにしようと思っていましたが。3日目あたりに、液状のフードを指につけて口元に持って行ったら舐めることができたので、少しずつ与えることに。そしたら、そのうち、食べられる量が増え、シリンジで口に入れてあげたら1日1〜2パック食べられるようになってきた。それでも、気休めみたいなものだと思ってましたが、なんと、4日目にパリちゃんが急に歩いたんです! 歩くと行っても、2〜3歩、両足もしっかり立たずゾンビみたいな動きでしたけど。もう動けないとばかり思っていたので、驚きました。

そのときも、最後の頑張りってこともあるから、と思っていたのですが、パリちゃんの食事量は日々増えて行き、いつのまにか場所移動していることも増え、ついに、割としっかり両足で立てるようになったんです。

でも、あの発作は、やはり脳にダメージを与えたのか、パリちゃんは元のパリちゃんではなくなりました。一体どこへ行きたいのか、壁に向かって進もうとしていることもあったり、ご飯は支えてあげないと食べられず、トイレにもいけないのでオムツ姿です。

毎朝、パリちゃんのオムツを替え、部屋の掃除をし(どうしても、オムツから漏れてしまう)、支えてご飯を食べさせ、輸液をし。輸液以外は昼も夜も、一日何度もやります。

輸液を続けることも、パリちゃんにとって良いのか悪いのか悩みましたが、ボラ仲間さんや病院で聞いた結果、「脱水は苦しいものだから続けてあげていいと思う」とのことで、毎日輸液をしています。正直、水を自分で飲むこともできないので、輸液をしていなければパリちゃんはとっくに亡くなっていると思います。でも、無駄な延命なのかどうかは、わからない・・・。わたしの希望は、あまり苦しまずに逝ってほしいということで、輸液を続けながらある日眠るように亡くなってくれたら、乾きで苦しんで亡くなるよりいいのかなぁ、という考えです。

でも、ここ一月近く、ずっと「パリちゃんを苦しめることなく見送る」スタンスでいたんですが、ある日、気づいたんです。パリちゃん本人は、死ぬ気がないのでは、と。なんだか、気がつけば1日10パックものフードを平らげ(でも液状じゃないと食べられないんですが)、食後に顔を拭いてあげていると「すまないね」って、以前と同じ顔で伝えてくれるパリちゃん。こっちは、もうこの歳だし・・・って思ってたけど、あ、生きる気満々?笑 

そこで、5日ごとに貰いに行っていた輸液を、先日は10日ぶん出して貰いました。まだまだ、1月ぶんとかはもらえないです。でも、ここは「緩和ケア病棟」じゃなく「特別養護老猫ホーム」だって認識を改めました。

外にいたら、パリはもっと前に亡くなっていたことでしょう。家に入れたら、パリの代わりに、わたしが全部考えて決めないといけない。それは大変な責任だし、毎日のお世話も大変じゃないっていうと嘘になります。いや、大変よ。しかしながら、こうして、少しずつ衰えていく姿を見せてくれるパリちゃんに感謝もしています。命が簡単に散ることもあるけれど、そう簡単に果てるものではないっていうのも教えてくれた。やや認知症っぽくて、わたしが誰だか、自分がどこにいるのか、どこまでわかっているのかわかりませんが、かつてはご飯をあげるのに近づくだけで「シャー」って言ってたパリちゃんが、抵抗もせず、わたしの足の間でおすわりのできない赤ちゃんみたいなかっこでご飯を食べている。

なんだかこんな時間が過ごせるもの、贈り物のような気もする。
もし、8月5日にあっさりとパリちゃんが逝っていたら、わたしはきっとすでに立ち直っていることでしょう。元々、もう長くないからこそ引き取ったというのもあるし、これは死生観の問題で、わたしは「死」そのものを忌むべきと思ってないんです。もちろん、若くして不慮の事故や病死は悲しい。逝く方も残される方も、それを見る人たちも。でも、大往生ならね、誰もがいつか死ぬのだからって思う。もし、わたしの猫が死んだら、100歳まで生きた後でも嘆き悲しむと思いますが、それは死が悲しいからじゃなく、わたしが自分の猫に依存しているからなんです。依存が悪いわけではなく、家族とは依存し合うものだと思う。だから亡くなると悲しい。だけどパリちゃんには、とても愛情は持っていますが、依存はしていないのです。だから、亡くなると少し寂しいけれど、嘆き悲しむということはないと思う。でもこうして、否応無しに濃い日々を共に過ごして、パリはどうしたいのか? 幸せなのか? どう感じているのか? 何をしてあげられるのか?なんて色々考えていると・・・少しずつ、家族になってくる気がする。あっさりとさよならをするより、ちょっと涙が増えるかもしれない。でもこれって、ギフトだよなあって、思うんです。

いつまで続くのか、明日終わったっておかしくないし、もしかしたらあと数ヶ月、あと1年? さすがに数年はもたないと思いますが、贈り物の日々、大切に過ごして行きたいと思います。

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by umitoramarine | 2018-09-01 00:10 | ねこばなし | Comments(0)