シーグラスはたからもの seaglass8.exblog.jp

アラフォーのわたしと夫と猫2匹の暮らしに、男児が一人加わりました(2016年11月)。おいしいもの、猫、本、アートと子育て日記。


by umi
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る
ハム太、1歳6ヶ月。
ここ数日で、やっと歩き始めました〜!

f0370142_21525351.jpeg

ハム太はハイハイも遅くて、のんびりさんなんだろうなとわたしは気にしていなかったのだけど、「まだ歩かないの? ママが優しすぎて抱っこばかりしてるから・・・」等々の悪意なきコメントがちょっぴりストレスだったので、もう言われずに済むとその点では一安心です。

本人も、できなかったことができるようになった、というのが相当嬉しいようで、ニッコニコしながらヨチヨチ歩いています。つい、ほんの数日前までしていたように「あっちに行こ?」って手を繋いだら「一人で歩くの!」とばかりに思い切り振り払われたり・・・笑

わたしはハム太が生まれた時から、子育てっていうのは基本的に、生まれる前が一番近くにいて、あとは徐々に徐々に遠ざかっていく一方(上手くいけば。)なのだなあと思っています。悲観的に聞こえるかもしれませんが、そのつもりはありません。親なんていなくても全然困りません!という人に育てるのが目標ですからね。あくまで子育ての話で、人間的なお付き合いとしては必ずしも距離ができるということではないですし、ハム太が大人になったらお互い自立した個人として仲良くできたら良いなと思ってますが。

そういう訳で、一人で歩くようになったハム太さんに、ああ、自立への第一歩を踏み出したのねえと、嬉しい反面ちょっぴりセンチメンタルな思いを抱く母でした。とは言っても、まだ離乳もしていないし、夜は相変わらずなんども起きるしで、まだまだまだまだ手のかかる赤ちゃんなのですけどね。早く一人で寝られるようになってほしい。

さて、ハム太さんの二足歩行記念に?、これまでわたしが自作した手作りおもちゃをまとめておきます。
と言っても、料理なら冷奴レベルの手作りです。

1、ガラガラ兼ローラー?
見たまんまですが、浅田飴の空き缶に米粒が入っています。開かないようにテープで留めてあります。
振ると良い音がするし、ハム太さんはこれを投げて転がすのが上手。
よく覚えてないけど、6ヶ月頃に作った気がします。

f0370142_15150899.jpeg

f0370142_15153511.jpeg

2、ペットボトルの蓋のコロコロ
浅田飴と同じで、中に米やら小豆やらコーヒー豆が入っています。
これも振ると音がするのと、下のカタンカタンのおもちゃでも遊べます。

f0370142_15160490.jpeg
下の方にある車やボールが本来このカタカタで使うものです。
転がすバリエーションが増えて、ハム太は大喜び。
あまりスムースには転がりませんが、それがまた面白いみたい。
たまに最後まで上手くいくと拍手です。

f0370142_15163523.jpeg

3、ペットボトルのガラガラ。
中にビーズと、一粒だけ大きめのパール(風)が入っています。
こちらは軽く、傾けるとザラザラ、振ればシャンシャン良い音がするのでハム太は大好きです。
時々、ゆっくり傾けながら、(多分)パールの動きを見ています。

f0370142_15233190.jpeg
4、知育っぽいおもちゃ
蓋に違う大きさの穴が二つ開いていて、ストローとフェルトボールを入れて遊びます。
こちらは、見学に行った保育園にあったのを真似しました。

ちょっとした集中力と手先の器用さを必要とするおもちゃです。
ハム太は、お手本を見せたらわりとすぐできるようになってしばらく熱中していましたが、そのうち「このフタがなかったら早いのになんでこんな面倒臭いことするの?」と、最近は蓋を取って広い口にぶっ込むようになりました(笑)。それが目的じゃないんだけどなあ。




f0370142_15240269.jpeg

f0370142_15400984.jpeg
と、どれも「手作り」と言っても、思い立って材料があれば1分くらいでできるようなものなのですが、ハム太はどれも気に入って毎日遊んでいるし、いらなくなったらバラして惜しげなく捨てられるのが良いなあと思っています。

こんな些細な手作りでも、作るとなんか楽しいのよね〜。



[PR]
# by umitoramarine | 2018-05-25 22:29 | ハム太郎のこと | Comments(0)
是枝裕和監督の「万引き家族」がカンヌ映画祭のパルムドール賞を受賞しましたね。
おめでとうございます。

f0370142_22112239.jpeg

タイムリーに、是枝監督の「海よりもまだ深く」を借りてあったのを、やっと観ました。
阿部寛さん演じるダメ男が、離婚した妻と息子を取り戻すべく奮闘?するお話です。
そのやり方が、「だからダメなのよ」と言いたくなるような……わたし自身、誰かを「ダメ人間」であると断じることができるほどの人間なのかと問われれば、とても胸を張れたものではないですが、困った人には自身をそこに陥れるだけの思考回路というものがあるなあと思います。

誰しも、何から逃げても自分自身から逃れることはできません。
困った思考回路を持つ人間に、奇跡のような救いはないのです。
たとえ、宝くじに当たるとか、奇跡の出会いが起こったとしても、困った人というのはそういう機会を上手に使うこともできないのよね。その人なだけに。

阿部さん演じるお父さんには、そんな奇跡が訪れることもなく「まあそうなるよね」というような現実的なエンディングを迎えるわけです。

そんな現実、決して「毎日幸せで笑いが止まらない」とは言えないような現実を、ほとんどの人は生きているのではないかと思いますが、その中に、浜辺の黒っぽい砂の中に時々「チラリ」と光る何かがあるのです。そのチラリは、それでさえ、砂金とか価値あるものでもないのだけれど、チラリと光るとちょっとだけ嬉しくなるような、何か。そういうのを含めて現実を描いてある映画だなあと思いました。

是枝監督の映画は、これを含めて3本しか観たことないのですが、ヨーロッパで評価されるのはわかる気がします。ヨーロッパの映画って、奇跡も事件もあまり起こらないものね。笑



そしてもう1本。一緒に借りていた映画。
こちらは古く、日本では2005年に公開された映画です。
映画冒頭の「一羽の蝶の羽ばたきが、地球の裏側で竜巻を起こすことがある」というカオス理論の引用が気になって、当時観たいと思っていたのに、なぜだか今まで観ていなかったのです。


f0370142_22113841.jpeg
日本式に言えば「風が吹けば桶屋が儲かる」なので、もうちょっと現実的な話かと思っていましたが、なんというか、ファンタジー(と言うには暗いかな)? 
現実を変えるべく、過去のある点に戻って違う行動を取ったら、想像だにしないところまでその結果が及び・・・みたいな話でした。

暗いという点は共通していますが、上の「海よりもまだ深く」とは対極にあるストーリー展開です。何しろ本当に現実を変えてしまうのだから。でも、奇跡が起こったってやっぱりそう上手くはいかないのです。

過去と言えば、不惑に達した今でも、昔のことを振り返って、「どうしてあのとき」と考えてしまうことがあります。今の現実が嫌だからではありません。本当に小さいこと。「どうしてあのとき」に続くのは「あんなこと言っちゃったんだろう」とか、「ちゃんと言い返さなかったんだろう」とか、相手はきっと覚えていないようなこと。大人になったらこんなこと無くなるかと思ってたけど、わたしの「どうしてあのとき」は30代を振り返っても多々あるのです。まあでも、こんな風に感じるのは、あれから自分が成長したからだよね、と、ひとしきり頭を抱えたあとは、そう思って自分を慰めるようにしています。笑

「あのとき」に戻れたらこうしたいと思うことはあるけれど、そうしてしまったら、今の自分はいないのだろうなと思うし。身を置く環境だけでなく、自分自身が違う人になってしまったら、それこそ、自分自身から逃れた、ことになってしまう。それでは生きる意味はないのです、多分。

そう言えば、「バタフライ・エフェクト」ですが、過去を変えたことによって違う人生を生きた主人公及び周囲の人が何パターンか出てくるのですが、同じ人がこうも変われるのだなあと思わせる演技とメイクが秀逸で面白いですよ。人生に疲れ果ててボロボロの主人公の幼馴染の女性が、あまりに美しく変身するのを見て、「もしかしたら自分も」と思ってしまった(笑)。もちろんあちらは美しい方が本当の姿ですが! 


というわけで、現実への対応が正反対の2本ですが、どちらも面白かったです。





[PR]
# by umitoramarine | 2018-05-22 23:13 | 映画のこと | Comments(0)

ゴールデンウィーク

GWが終わりましたね。
うちはあまりカレンダーが関係ない家庭なのですが、なんとなく、お休みの空気ってちゃんとあって、どこからか家に染み込んでくるんですよ(笑)。出かけるなら混まない平日にすればいいのに、わざわざ混むような日に、「せっかくだからみんなで出かけようか」ってなっちゃう。

とはいえ、小さな子連れで混むところへ行くと大変なので、お休みの空気を感じつつ、結局は近場で過ごしました。

ある日は、棚の掃除を。
ハム太がキッチンの棚の扉を開けて中のものを出し始めたので、せっかくなので中を拭いたりして。空っぽの棚に滑り込むハム太。わざと締めてあげたら喜んでました。猫みたい。

あるって知らなかった棚の仕切りを見つけて(ハム太が踏んでるやつ)、一段増やすことができて満足。

f0370142_00101478.jpeg

ある日は、近場の公園でシャボン玉遊びをしました。
吹くのはわたしですが・・・というより、ハム太を言い訳にわたしが楽しんだ、というか。
シャボン玉、たまに無心に吹きたい感じがするけど、さすがに良い大人はやりにくいので、とっても久しぶりに吹けて楽しかったです。笑

ハム太さんはシャボン玉見て喜んでたけど、棒切れ拾いの方が楽しそう。

f0370142_00122896.jpeg
子どもの日。
おじいちゃんが送ってくれた図書カードで「はらぺこあおむし」のカードボード版を買いました。
ハム太は「はらぺこあおむし」が大好きで、わたしの友人が贈ってくれた飛び出す絵本を、毎日欠かさずめくっていたんだけど、さすがにボロボロになってしまって。
今度は、ハム太が自分でめくれるボード版にしたのです。


f0370142_00114965.jpeg


やっぱりこのページが一番魅力的だよね。

食べ物といえば、ゴールデンウィーク中に起こった、とても小さいことなんだけど。
ハム太は、アンパンマンビスケットが大好きなのです。幼児用として売られているし、わたしはこれまで食べたことがなかったのですが、確かにさっくりと美味しいビスケットなのです。
そのビスケットをあげたら、いつもならすぐ食べるのに、お腹が空いていなかったのか、ずーっと手に持っていて……汚れちゃうし、もったいないな、でも取り上げたら怒るだろうな〜と思いつつ、抱っこしているときに「食べないの? ママ食べちゃうよー」って、口の前を横切ったときにパックリ一口で食べてしまったのです(齧って、残りをハム太が食べたら虫歯がうつっちゃうので、一枚まるごと食べました)。

で、泣くか?怒るか?と様子を見たら。
5秒くらい、ジーーーーッと真顔でわたしの顔を見つめていたハム太。
もぞもぞと動いて、わたしの背中の方へ回っていた片腕を引き抜いたかと思ったら、急に笑顔でパチパチ〜と拍手をしたのでした。
食べてえらいね!ってことなのかな?? または、美味しくて良かったね??
今風に言えば、予想のナナメ上を行く反応に、虚をつかれた母なのでした。

わたしだったら、大好物を食べられたら激怒するけどな〜。
わたしより大人だね、ハムさん。





[PR]
# by umitoramarine | 2018-05-08 22:32 | つぶやき | Comments(4)

魔法のカップ 

以前は、たまに気が向いたときに口にする程度だったのですが、最近、毎日のようにコーヒーを飲むようになりました。ずっと家にいるからかなぁ。日用品以外、大した買い物もないから、外に出ると気晴らしも兼ねてスタバなどに寄ってしまう。昔はコーヒーの味なんてわからないで飲んでたけど、しょっちゅう飲んでいたら、さすがに味の違いもわかってきます。

夫はもともと、毎日コーヒーが欠かせない人。最近、プレゼントにコーヒー豆とドリッパーを頂いてきて、朝からわたしの分も淹れてくれるようになりました。でも、慣れないので、味が安定しないというか・・・よく言えば、様々な味が楽しめるので、毎朝テイスティングしています。

そんなある日、リトアニアの雑貨を扱うお店の企画展で、ある作家さんの陶器に惚れてしまい、マグカップを買ったわたくし。

見て〜可愛いでしょう〜?


f0370142_00011974.jpeg
同じ作家さんのお皿や花瓶やゴブレットなど、100点は優に超えるだけの数が並んでいて、その全部に違う絵が描かれてるいたんです。一つ一つ、丁寧に見た中から選んだお気に入りです。

f0370142_00014392.jpeg
マグカップとしては良いお値段だったのですが、自分のぶんだけっていうのも・・・と思って、夫のも買いました。
夫のは、ちなみに、魚柄です。

カップを買った次の日、使うのが勿体無い反面、使わないのも勿体無いので、さっそくこのカップにコーヒーを淹れてもらいました。

そしたら、なんと!!
なんだかコーヒーがまろやかで美味しい。

お気に入りのカップで飲むから?と思ったけど、夫も同じように感じたようで。
スタバからタンブラーで買ってきたコーヒーをカップに移して飲むと、タンブラーに残っているぶんとは明らかに味が違うんです。

このカップは糸底が素焼きになっていて、熱いコーヒーを注いで置いておくと、底面だけ汗をかくんです。
つまり、酸素に触れてまろやかになるのかな??
理屈はわからないけど、可愛いだけじゃなくてコーヒーの味がはっきり変わっちゃうカップ。
魔法のカップです。
良いお買い物でした。



[PR]
# by umitoramarine | 2018-04-23 00:23 | つぶやき | Comments(2)
先週、数年ぶりに故郷に帰っていました。
おばあちゃんに会って、曽孫であるハム太を見せるためです。

おばあちゃんは認知症で、ここ数年は施設で暮らしています。
先日、久しぶりに電話をしてみたら、なんだかストンと人格が抜けてしまったような話し方で、認知症が進んでいるのがわかりました。昔は電話に出るたび必ず「Umiちゃんね」と名前を呼んでくれたのにそれもなく、会話の中でもいろんな時を彷徨っているのがわかって。でも、顔を見たらきっと思い出してくれると思って会いに行ったのです。

f0370142_22381034.jpeg

わたしとハム太に会ったおばあちゃんの反応は、でも、期待していたようなものではなくて、「孫のUmiよ、わかる?」と声をかけたわたしに微笑みながら「わかりません」と言いました。正直なところ、ガッカリしたけれど、予想できることでもあったので落ち込みはせず、反応の薄いおばあちゃんに一方的に話しかけながら、1時間ほど一緒に過ごしました。

ハム太のことを曽孫と説明したけれど、「そうですか」との答えにはあまり届いている感はなく、それでも小さな子は単純に可愛いのか、おばあちゃんは何度も何度も、何十回も、ハム太に向かって「お利口ね」と呟いていました。とても暑い日だったのだけど、シャツからはみ出たハム太のお腹を見て「風邪引くよ」と心配してくれたりもして。ハム太は、おばあちゃんを怖がることもなく、ニコっと微笑みさえしたのを見ると、どこかで通じるものがあるのかもと思えました。

その夜、夢を見ました。
夢の中で、昼間と同じように、施設の部屋でおばあちゃんを前に座っているのです。
おばあちゃんは昼間会ったときと同じ服装で、同じように車椅子に座っています。
そして「Umiちゃん、ごめんね」と謝るのです。
名前を呼んでくれたからではないけれど、夢の中のおばあちゃんは認知症ではないことはなぜかはっきりわかります。おばあちゃんは、現実の自分が認知症で、わざわざ会いに来たわたしを認識してあげられないことを謝っているのでした。
「大丈夫よ」というわたし。「この後**に行くんでしょ?」と話を続けるおばあちゃん。
短い夢でした。
今思うと、夢の中でも、これは現実ではないということがよくわかっていました。
でも、おばあちゃんにわかってもらえなかったガッカリを埋めるためのただの夢ではなくて、眠っている(または乖離している)おばあちゃんの意識に会った気がしたの。

認知症は大雑把に言えばいろんなことを忘れてしまう病気と思われているけれど、忘れてしまったものが無くなってしまうということではなくて、おばあちゃんの記憶や意識はバラバラだけどまだちゃんとあるみたい。

そして、うまく対応できない自分というのをどこか遠くから見ている、もう一人のおばあちゃんがいるのだという気がしたのでした。

思い出してもらえなかったけど、わたしやハム太と会ったこともきっともう記憶の彼方に流れて行っちゃったと思うけど、おばあちゃんに会えてよかったです。きっとどこか深いところでは、わかってくれていると思うのです。


(追記)
聞いたところによると、おばあちゃんは、わたし達が帰った翌日、何度も「東京へ行かなくちゃ」と言っていたそうです。
おばあちゃんと会ったとき、施設の方と「遠くから会いに来たんでしょ?」「東京です」って会話があって、そのとき「トウキョウ」と呟いたおばあちゃん。
わたしが来たことはもう忘れていて、でも、東京になにかある、という印象が強く残ったみたい。
わたしの知る限り、おばあちゃんはこれまで、東京へ来たことも、多分飛行機に乗ったこともありません。
でも「東京へ行かなきゃ」って……。
この話を聞いて、ちょっぴり、泣きました。




[PR]
# by umitoramarine | 2018-04-14 23:16 | つぶやき | Comments(6)