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アラフォーのわたしと夫と猫2匹の暮らしに、男児が一人加わりました(2016年11月)。おいしいもの、猫、本、アートと子育て日記。


by umi
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タグ:地域猫 ( 11 ) タグの人気記事

ありがとう、パリちゃん

9月29日の夜、パリちゃんが亡くなりました。
前日から急に食欲がなくなり、今度こそお別れなのだなあと覚悟していました。

その日は、朝から何も食べず、たまに水を含ませて体の向きを変えてあげるとき以外、スースーと同じ姿勢で深く眠っていました。夜21時過ぎにお水を飲ませて、その日なかなか寝付かなかった息子がやっと眠りに落ちた23時過ぎ、様子を見に行ったら既に亡くなっていました。きっと、最後のお水を飲んだ後すぐあたりに亡くなったのかなぁ。
その場にいてあげることはできなかったけど、それはきっとそうなるだろうと思っていました。

前日の夜、ゆっくり抱っこして話しかけたとき、パリちゃんは最後の力を使ってゆらりゆらりと尻尾を揺らしてくれたの。「ありがとう」と言ってくれたように思いました。8月頭に倒れて復活してから、苦しそうにしていることも多かったけど、旅立ち前の数日前からパリちゃんは穏やかに眠っていることが多くて、わたしも今度ばかりは本当のお別れなのだと受け止められたし、最後の瞬間にいてあげることはなかったけれど、多分、眠りがまた一段深くなるように亡くなったのだと思います。悔いはありません。

昨日は1日雨だったので、本日、パリちゃんがもともといた場所に埋葬してきました。
普段あまり顔を合わせることのないボラが総勢8名集まりました。
パリちゃんにお線香をあげて、みんなが手を合わせたとき、ボラのIさんが、「パリちゃん、ありがとう」と声に出して言いました。

そうなの。ありがとう、なのよね。お疲れ様、より、安らかに、より、一番言いたいのは「ありがとう」。
ここにいる人達は、猫の世話をしていると言いながら、自分がいかに猫に助けられているかよくわかっている。
慰めとか癒しとかそういうのじゃない。それももちろん多少はあるけど。
毎日、大変だけど猫の世話をしに行く。それが一方的に与えてるだけじゃなくて、それによって自分が支えられているということもよくわかっている。猫ボラと言っても、わたし達はなんの団体でもなく、勝手に猫の世話をしている個人の集まりなのです。猫の世話をしながら、いつの間にか出会った人々。奇跡のようだなあと、たまに思います。

(蛇足ではありますが、わたしたちは完全にTNRを行っており、病気になれば病院へ連れて行き、先の短い猫はパリ同様誰かが引き取って家で面倒を見ています。先人の努力によりこの地域の人々には餌やりをご理解いただいてます。)


そういえば、祖父のお葬式の時も思ったんだけど、愛されていた人のお葬式に出ると、悲しみよりなんだかほっこりする気がします。今日は、普段顔を合わせないボラさん達に会って、みんな和やかで、こういうと語弊があるけど、良い時間を過ごせたのです。こんな良い時間をくれて、パリありがとうって改めて思って。わたしもそういう人になりたいものです。

さて、わたしはと言えば、実はあまりまだ実感が湧かず・・・昨日は、頭ではもう必要ないとわかっていつつ、これまでのように何度も、パリちゃんの様子を確認してしまいました。生きていた時と同じクッションの上で眠っているみたいだったから。今朝も、起きてからいつものように「パリちゃんは・・」と思ってしまった。亡くなったことを忘れたわけじゃないのに、どうも落ち着かない。そして午後、パリちゃんを埋葬してからは、なんだかパリの部屋に入る気がしません。昨日は、ついパリの亡骸に話しかけたり、撫でたり、埋葬前に少しでも綺麗にしてあげようと櫛をかけて体を拭いてあげたり、自分でもよくできるなぁと感じるほど、生きているように接していたのに、パリを送り出した今となって部屋に入るのがこわくなってしまいました。不在を確かめるのが嫌なのかなあ。自分の心が自分でもよくわかりませんが、なので、部屋のドアは閉めたまま。

でも今度息子が預かりの日に、お部屋は丁寧に掃除をしようと思います。
隅々まできれいにして、部屋の空気を入れ替えて、ここ9ヶ月パリ部屋となっていた自分の部屋を取り戻そう。
お部屋をきれいにしても、パリちゃんを忘れることはないから。

いつでもシャーだったパリちゃんが、心を開いてくれてとっても嬉しかった。
パリちゃんと同じ屋根の下で暮らした9ヶ月、楽しかったよ。
ありがとう、パリちゃん。また会おうね。




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by umitoramarine | 2018-10-01 23:09 | ねこばなし | Comments(0)

老猫のオムツ問題

ここ数年、面白いなと思っているのが、夏がどんなに暑くてもカレンダーが9月に変わった途端にきちんと秋になること。今年の夏は本当に、酷暑といえる暑さだったのに、ここ数日なんて肌寒いほど。本当に不思議です。
いつも散歩している植物園にも、キノコがたくさん出ていたよ。

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さて、今日は、猫のオムツの話を書こうと思います。きっと誰かの役に立つと思うから。
下のお世話の話なので、ご興味ある人だけ読んでくださいませ。

老猫ホームのパリちゃんは、歳なりに元気にしています。
でも、倒れて以来、自分でトイレに行くことは出来なくなってしまいました。
それで、オムツをしてもらうことになったんだけど、うちに来る前からパリちゃんはずっとお腹がゆるく、オムツをしていても尻尾の穴からそれが100%の確率で漏れてしまうのが悩みのタネでした。

オムツも結構お金がかかるので、いっそするのをやめようかとも思いましたが、一応尿は堰き止めてくれるので、その分だけでも掃除の負担を軽くしたくて続けてました。それでも、1日に何度も何度も粗相の掃除。息子の世話の合間を縫って、休む間も無く掃除をしていて、心が折れそうでした。

ちなみに、オムツは犬猫用のもので、いろんなメーカーやサイズを変えて3種類試したのですが、全部ダメでした。よく、犬猫用は高いので人間用のを使うという話は聞くのですが、足回りがフィットしないのではないかと思ったし、時間がないので「尻尾の穴を開ける」という一手間さえ省きたくて、犬猫用のを使ってました。あと、人間用のオムツって一袋に90枚とか入ってるので、ダメだったときに残っても困る・・・と思ったのもあります。

しかし、犬猫用の高いのは1枚100円ほど(一番安いのは1枚あたり35円くらいでした)。それも1日になんども取り替えるから本当に高くて・・・人間の新生児のオムツだと、1枚あたり10円ちょっとなので、比べるとだいぶ安いのです(それでも、息子のオムツを買ってた頃は、オムツって高いな〜と思ってたんですが)。

それで、コスト面を考えて、試しに新生児用のオムツを使ってみたら・・・・
これが、よかった。尻尾穴の一手間はありますが、しかし、全く漏れることがなくなった!
だから、尻尾穴の一手間を差し引いても、すっごく楽になったんです。なんでもっと早く使わなかったんだろう。

犬猫用だと最長6時間ですが、新生児用は最長12時間。使われている吸水ポリマーの量が全然違います。
それから、写真左が犬猫用なのですが、犬猫用はテープをつけられる場所が限られていて微調整が効かないんですが、人間用のはテープがどこにでもつくので、結局、足回りもこっちの方がフィットしやすいのです。
これで犬猫用が約10倍もするなんて・・・。


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使い方は、新生児用のオムツのお腹側を猫の背中側として使います。
写真右はパンパースの新生児用テープタイプです。
「前」と書いてあるお腹側の、絵柄の真ん中に尻尾穴を開けます。

この部分はポリマーが入っていて切りにくいので、カッターでやるよりハサミでやった方が楽です。
切りたい部分をちょっと山折にして、1〜1.5センチの切り込みを入れます(広げると2〜3センチになるよう)。


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その切り込みにハサミを入れて、今度は左右に切り込みを入れます。
逆T字みたいな感じ。クロスになってもいいと思いますが。


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ここに尻尾を通して、背中側でテープを止めます。
テープは足回りを見ながら、斜めに引っ張って✖️になるように止めると良いです。
(その子の体型にもよりますが)

そうそう、犬猫用のオムツを使っていたとき、オムツを変えるときに尻尾が汚れてしまうのも悩みの種だったの。弱ってるからそうそう洗うわけにもいかないし・・・。
でもなぜか、新生児用のオムツにしてから、こんな細い穴なのに尻尾が汚れにくくなりました。
多分、吸水ポリマーがしっかり吸収してくれてるからかな。

せっかく犬猫オムツを開発してくれているメーカーさんには悪いですが、コスト面でも使い勝手でも、新生児用オムツが圧勝です。

介護って毎日のことで、本当に疲弊してきますから、オムツの使い勝手一つでかなり変わるのです。
これまで、毎朝、パリの部屋のドアを開けるのが恐怖だったけど、今は割と安心して開けられます。

この記事が、同じようにオムツ問題で悩んでいる誰かの役に立ちますように・・・。

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by umitoramarine | 2018-09-14 23:59 | ねこばなし | Comments(0)

老猫ホーム開業

もう8月も終わり。すっかりご無沙汰してしまいました。

実は、8月5日にパリちゃんが倒れたのです。
夫からの電話で、外出先からタクシーで帰宅。
間に合わないのかもと思ったけれど、家に着いたときも、パリちゃんは痙攣の真っ最中。
痙攣を起こすのは初めてのことで、わたしは、最期に苦しみでもがいているのかと思ったのですが、そうではなく、てんかんの発作だったみたい。その日は日曜日で、困って電話したボラ仲間さんがてんかん薬を持って駆けつけてくれたものの薬の効果はなく、次の日病院で別のてんかん薬を打ってもらったけれど、それも効かずで5分ごとに息荒く横たわったままもがくパリちゃん。そのまま3日間、自分では足1本動かすことなく、目も閉じられないのか黒々と瞳孔の開いた目で横たわるパリちゃんを見て、遠くない別れを覚悟したのでした。

もともと、パリちゃんを引き取ったときから、超高齢のため、病気などの積極的な治療は行わず、安らかな老後を目指そうと決めていました。でも、なんだかんだ、病院へ連れて行ってしまっていましたが……。

寝たきりになったパリちゃんを見て、「延命はしない」「楽に逝けるようにサポートしよう」と改めて思ったのですが、実はそれが難しかった。例えば、寝たきりで食事も取れないけど、喉乾くよね? お腹が空いて苦しいんじゃないの? しかし、下手に口に何かを押し込んで、呼吸困難になってしまったら? 考えても、誰かに聞いても、「絶対そうだ」って答えはなくて・・・。何かを「やる」だけじゃなく「やらない」のもわたしが決めないといけない。自分で考えて自分の決断を信じるしかない。それって結構しんどいことでした。

初めは、シリンジでの強制給餌などしないことにしようと思っていましたが。3日目あたりに、液状のフードを指につけて口元に持って行ったら舐めることができたので、少しずつ与えることに。そしたら、そのうち、食べられる量が増え、シリンジで口に入れてあげたら1日1〜2パック食べられるようになってきた。それでも、気休めみたいなものだと思ってましたが、なんと、4日目にパリちゃんが急に歩いたんです! 歩くと行っても、2〜3歩、両足もしっかり立たずゾンビみたいな動きでしたけど。もう動けないとばかり思っていたので、驚きました。

そのときも、最後の頑張りってこともあるから、と思っていたのですが、パリちゃんの食事量は日々増えて行き、いつのまにか場所移動していることも増え、ついに、割としっかり両足で立てるようになったんです。

でも、あの発作は、やはり脳にダメージを与えたのか、パリちゃんは元のパリちゃんではなくなりました。一体どこへ行きたいのか、壁に向かって進もうとしていることもあったり、ご飯は支えてあげないと食べられず、トイレにもいけないのでオムツ姿です。

毎朝、パリちゃんのオムツを替え、部屋の掃除をし(どうしても、オムツから漏れてしまう)、支えてご飯を食べさせ、輸液をし。輸液以外は昼も夜も、一日何度もやります。

輸液を続けることも、パリちゃんにとって良いのか悪いのか悩みましたが、ボラ仲間さんや病院で聞いた結果、「脱水は苦しいものだから続けてあげていいと思う」とのことで、毎日輸液をしています。正直、水を自分で飲むこともできないので、輸液をしていなければパリちゃんはとっくに亡くなっていると思います。でも、無駄な延命なのかどうかは、わからない・・・。わたしの希望は、あまり苦しまずに逝ってほしいということで、輸液を続けながらある日眠るように亡くなってくれたら、乾きで苦しんで亡くなるよりいいのかなぁ、という考えです。

でも、ここ一月近く、ずっと「パリちゃんを苦しめることなく見送る」スタンスでいたんですが、ある日、気づいたんです。パリちゃん本人は、死ぬ気がないのでは、と。なんだか、気がつけば1日10パックものフードを平らげ(でも液状じゃないと食べられないんですが)、食後に顔を拭いてあげていると「すまないね」って、以前と同じ顔で伝えてくれるパリちゃん。こっちは、もうこの歳だし・・・って思ってたけど、あ、生きる気満々?笑 

そこで、5日ごとに貰いに行っていた輸液を、先日は10日ぶん出して貰いました。まだまだ、1月ぶんとかはもらえないです。でも、ここは「緩和ケア病棟」じゃなく「特別養護老猫ホーム」だって認識を改めました。

外にいたら、パリはもっと前に亡くなっていたことでしょう。家に入れたら、パリの代わりに、わたしが全部考えて決めないといけない。それは大変な責任だし、毎日のお世話も大変じゃないっていうと嘘になります。いや、大変よ。しかしながら、こうして、少しずつ衰えていく姿を見せてくれるパリちゃんに感謝もしています。命が簡単に散ることもあるけれど、そう簡単に果てるものではないっていうのも教えてくれた。やや認知症っぽくて、わたしが誰だか、自分がどこにいるのか、どこまでわかっているのかわかりませんが、かつてはご飯をあげるのに近づくだけで「シャー」って言ってたパリちゃんが、抵抗もせず、わたしの足の間でおすわりのできない赤ちゃんみたいなかっこでご飯を食べている。

なんだかこんな時間が過ごせるもの、贈り物のような気もする。
もし、8月5日にあっさりとパリちゃんが逝っていたら、わたしはきっとすでに立ち直っていることでしょう。元々、もう長くないからこそ引き取ったというのもあるし、これは死生観の問題で、わたしは「死」そのものを忌むべきと思ってないんです。もちろん、若くして不慮の事故や病死は悲しい。逝く方も残される方も、それを見る人たちも。でも、大往生ならね、誰もがいつか死ぬのだからって思う。もし、わたしの猫が死んだら、100歳まで生きた後でも嘆き悲しむと思いますが、それは死が悲しいからじゃなく、わたしが自分の猫に依存しているからなんです。依存が悪いわけではなく、家族とは依存し合うものだと思う。だから亡くなると悲しい。だけどパリちゃんには、とても愛情は持っていますが、依存はしていないのです。だから、亡くなると少し寂しいけれど、嘆き悲しむということはないと思う。でもこうして、否応無しに濃い日々を共に過ごして、パリはどうしたいのか? 幸せなのか? どう感じているのか? 何をしてあげられるのか?なんて色々考えていると・・・少しずつ、家族になってくる気がする。あっさりとさよならをするより、ちょっと涙が増えるかもしれない。でもこれって、ギフトだよなあって、思うんです。

いつまで続くのか、明日終わったっておかしくないし、もしかしたらあと数ヶ月、あと1年? さすがに数年はもたないと思いますが、贈り物の日々、大切に過ごして行きたいと思います。

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by umitoramarine | 2018-09-01 00:10 | ねこばなし | Comments(0)
昨年末、パリちゃんが我が家へ来てから半年が経ちました。
冬を越せないだろうと思われていたパリちゃん、元気でがんばっています。

驚かされるのはその食欲で、うちの猫たちはひとつかみのカリカリ+パウチ一袋(または缶詰一つ)を食べるところ、パリちゃんは毎日5〜6袋のパウチ+少量のカリカリを食べるのです。うちの他の猫はカリカリ+パウチ1つなので、3匹分くらい食べてるってことです。でも、全く太らない・・・。

うちに来たときすでに、大柄な雄猫の体格に対して3.5kgとかなり痩せていたのですが、最近急に痩せが進んだので病院へ連れて行きました。体重が2.7kgに減っていました。念のために血液検査をしたら、もともと悪かった肝臓の数値はむしろ良くなって、年齢的なことを考えると満点とも言える結果に。つまり、「老衰」とのことでした。

わたしも、年齢的なことを考えて、仮にどこかが悪くても積極的な治療は行わないつもりでいたので、脱水症状を軽減する為に(脱水の状態は苦しいものだそうなので)、輸液をしてもらい、今後はそれだけを行うことに。病院へ行くのもパリにもわたしにも負担が大きいので、家で輸液を行うことにしました。

輸液は見た目は人間のものとほとんど一緒。首のあたりに45度に針を刺します。
一度練習をさせてもらいましたがスムーズにできました。
「Umiさん、上手です。これなら大丈夫。結構、最初は「針なんて刺せない〜」って人多いんですよ」と言われました。言われてみて、そういうものかと。わたしは一切ためらわずにブスッとやっちゃいましたが・・・多分、自分自身、注射を受けることにあまり抵抗がないからそうなんだと思います。また、パリちゃんがとても良い子で、針を刺した途端にガウっと来ないのも信じてるし。他の猫ならこうは行きません。

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パリちゃんは、歯が悪いわけではないのですが、急にパウチの中でもほとんど流動食と言えるほど液体っぽいものを好むようになりましたが、まだ良く食べ、目にしっかりと光があります。でも体重は1週間でさらに減って2.45kgへ。こうなると、いつ亡くなってもおかしくないんだろうと覚悟はしています。


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・・・という記事を途中まで書いて、保存したのが先週末だったのですが。
気がついたら、パリちゃん、食欲が戻って、毎食もりもり食べてるじゃないの・・・。
抱っこしようと持ち上げたら、先週はふわりと枯れ木みたいだったパリちゃんに重みが。

え〜、フェ、フェイントですか、パリちゃんっ。
高齢猫用ウェットフードさえも食べられないようだったので、液体状のフードを購入したら気に入り、毎日ウェット5袋、液体5袋、カリカリにチュール数本召し上がっています。結局、前よりさらに食べるようになってるんですけどー。

ボラ仲間さんに「パリちゃんはもう長くないと思います」と言ってしまったので、訂正のメールをしたら、喜びでパニックになっておられました。愛されてるね、パリちゃん。

もしかしたら、急に暑くなったので、夏バテしていたのかなあ?
輸液で脱水症状が緩和されて食欲が戻ったのかなと思いますが。

勝手に「もう長くない」なんて言ってごめんね。

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まだまだやる気充分のパリちゃんなのでした。



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by umitoramarine | 2018-07-13 14:07 | ねこばなし | Comments(2)
先日、GINZA SIXのTSUTAYA書店で、読書で世界旅行をテーマに各地域ごとに選ばれた本が並んでいました。こちらはニューヨークセクションで見つけた本。

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ニューヨークで貧乏(と本人が書かれている)デザイナーとして暮らす作者が、わたしもだいすきな漫画「動物のお医者さん」に憧れて、一人暮らしなのにハスキー犬チョビと暮らし始めてから、チョビが亡くなるまでをまとめたエッセイです。

わたしも、一人暮らしのときに猫を飼い始めたのですが、猫1匹でも大変なのに、犬(元々いる猫に加えて、なのです)、しかもハスキー、しかもマンハッタンで、です。しかも殆ど一目惚れで飼うことを決めてしまうのです。失礼ながら、大丈夫かこの人、と思いながら読み始めましたが、ユーモアがあって軽やかな文章に乗せられて読み進むうちに、こちらの身にも覚えがあるような数々トラブルに直面してはなんとか切り抜けようとする姿にいつの間にか自分を重ね、チョビが老いていくくだりでは一緒に胸が締め付けられ、最後は涙で本を閉じました。

作者の竹内さんも文中に同様のことを書かれているのですが、わたしも猫を飼っているけれど犬も大好き。犬派猫派じゃなくて動物派、と言いたいくらい動物好き。動物好きに悪い人はいない、かどうかは知りませんが、動物好きな人とは分かり合える、気がします。

(ご自身が)死ぬときにはチョビが迎えに来てくれたらいい、とも書いてあったけど、わたしも実は、世話している猫たちによく言うのです。できたら、その時は迎えに来てね、って。これまでご縁のあった動物たちが、うじゃら〜と勢揃いして来てくれたら、わたしはすごく嬉しいなあー。親戚とかに会うのは後で良いんで(笑)。

舞台のニューヨークですが、かれこれ15年以上前ですが、一度行ったことがあります。学生上がりの貧乏旅行で、ユースホステルに泊まって、地下鉄に乗って、一度なんかマンハッタンを徒歩で縦断したなぁ。クリーンではないけれど、美しく楽しい街でした。あの街で、独身で、大きな犬と暮らす。同じ街に暮らす人々との、犬を介してのやりとり。楽しいだろうなあ。大変だろうけど、絶対楽しいよなあ〜、と、本を読みながらちょっと夢も見られますよ。

動物好きさん、もしかして独身だけど犬や猫を飼いたくて迷っている人なんかにもオススメした一冊でした。
あ、ちなみに表紙はよく見たらヒグチユウコさんですね。
中には作者ご本人の書いたチョビのイラストもあって可愛いです。




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by umitoramarine | 2018-05-30 23:17 | 本のこと | Comments(2)

ノリマキの思い出写真


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今日の餌やり、ノリマキを呼ぶ必要がなくてさみしかったよ。






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by umitoramarine | 2018-04-01 23:00 | ねこばなし | Comments(2)
今日の夕方、ふとスマホを見たら、猫ボラSさんからメールが来ていました。
一言、「ノリマキちゃんが亡くなっていました」と。

わたしは昨日、餌やり当番だったのです。
ノリマキは呼んでも姿を見せず、連絡ノートを見て、ノリマキが前日現れていないというのを確認していたので、心配になって少し探したけれど見つからなかったのでした。でも、猫が何日か姿を見せないと言うのはたまにあることなので、それほど深刻には考えていなくて・・・。

驚いて「本当ですか?」と返信しそうになるのを、もちろん冗談でそんなことを言うわけがなく、「事故ですか?」と返信したら、Sさんが電話をくれて、発見した状況を教えてくれました。1週間ほど食欲がなく、病院へ連れて行こうと思って探していたら、遺体を発見したとのことでした。

ノリマキは、あの地域の猫の中で一番若い猫でした。
小柄で、お団子のように固く太っていて、いつもつやつやと毛並みが良くて。
他の老猫たちに比べるとまるでいつまでも仔猫みたいで、まさかこの子が死んでしまうとは誰も思っていなかったのです。

わたしも、ボラを始めてからもう数え切れないほどの猫たちを見送りました。
家の猫たちと違って自分が全責任を負えるわけでもないし、猫たちの死は、さみしいけれど仕方のないこととドライに割り切って来ました。野良猫の自由と、ご飯に困らず病院へも連れて行ってもらえる飼い猫の特典を両方持ったここの猫たちは、とても幸せなのではないかと思っているので、天寿を全うした子たちの旅立ちを見送れることは、ある意味、責任を果たせた満足感さえ感じられるものでした。
でもそれは、やはりそれなりに長生きした猫に限ってのことだったのだなあ。

わたしはボラ先の猫たちはどの子も本当に可愛いと思っていますが、中には特別思い入れのある猫たち(例えば、長年をかけて信頼を得たパリや、遠くからでもわたしを見分けるテブクロや、なんだか気持ちの通じる気のする数匹の猫たち)がいます。

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ノリマキには、そう言う意味で、あまり思い入れはありませんでした。
ここの地域の猫に関わるようになってから、ノリマキとわたしの関係は、ほどほどに仲良しの平行線を辿っていました。
なのに、ノリマキの死には自分で思った以上のショックを受けています。
安心しきって歩いていた道で、落とし穴に落ちてしまったような気分。
ノリマキの旅立ちは早すぎました。

いつも、誰かと長いお別れをすることになったとき、悲しみの大きさはその相手からもらったものの大きさだと考えています。悲しみの大きさは、その存在の開けた穴と同じ大きさと同じなのです。そうすると、悲しむほどに感謝の気持ちが溢れて来て、ぽっかり空いた穴に流れ込んでくれます。悲しみが無くなるわけではないんだけれど、少し痛みが和らぐのです。

わたしは、ノリマキを特別な猫だとは思っていなかったけれど、「ノリー!」と大声で呼んだときに、どこからともなく駆け寄ってくるノリマキの様子が好きでした。ノリマキの歩き方はなんだかいつも楽しそうで、急に屋根の上から降りて来たり、いたずらっぽいところがありました。

猫たちの世話をするのはわたしの幸せではありますが、自分で思っていた以上に、ノリマキから幸せをもらっていたみたい。ノリマキちゃん、ありがとう。今までありがとう。
またいつか、どこかで会おうね。


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by umitoramarine | 2018-03-26 23:25 | ねこばなし | Comments(0)

梅干し、やっと完成

梅雨明け以来、「3日続けてお天気」の日がなく、浸かったままだった梅、やっと干せました〜。
今年は2kg漬けたのです。
右が、庶民的スーパーで買ったお手頃な梅(和歌山産と表示されてました)、左はやや高級スーパーで買った紀州梅。
お値段、400円くらい違ったのだったかなー?
お店で見たときは、紀州梅の方がやや大ぶりではあったものの、和歌山産のも大きめできれいだったのです。
でも、漬け始めたらすぐ違いが出てきて、梅酒作るときみたいにシワシワガジガジな感じになっちゃったのもあるし、固そう。
紀州梅のほうは汁気たっぷりで柔らかそう〜に浸かりました。
大量に作るわけじゃないから、せっかく作るならまずは良い梅を確保するのが大事みたいですね〜。


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全部いっぺんに干すスペースがないので、和歌山産のほうを先に干しました。
ギリギリ8月の終わりに干せたんだったかな?

紀州梅の方は、またタイミングを逃し、先週末にやっと干せたんです。雨は降らなかったけど、気温、26〜28度とか。
随分涼しく感じて物足りない気がしたけど、昔だったら、普通の暑さだったから問題ないのかな?

食べられるのは、半年後だから、来年の春頃? 
初の紫蘇なし梅干しです。どんな味になるでしょうか。


おまけ。
先日、猫ボラに行ったとき撮った写真ですが、ちょっと違和感ないですか?

実は、太陽が両側(先の緑の方と、わたしの背後)から指しているんです。
なぜでしょう? 答えは。。。


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わたしの背後(と言っても、かなーり遠く)に、ガラス張りの高層ビルがあるからなんです!
わたしの影は、ビルに映った太陽からの光なんですよ。

以前の職場はここの近く(と言っても、これもやっぱりけっこう離れてますよ)だったのですが、夕方になると、この「東からの夕陽」が眩しくて眩しくて・・・鏡に映った太陽みたいなものだけど、普通に太陽があるみたいだったのです。

最近はガラス張りの高層ビルが多いけど、太陽増えちゃいませんかね。大丈夫なのかしら。笑




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by umitoramarine | 2017-09-13 01:00 | 手作り | Comments(0)

晴れ女と自転車故障の星

自慢になってしまいますが、わたしはけっこうな晴れ女だと思います。

イベント等で雨に降られることはほとんどなく、思い返せば小学校〜高校を通して運動会や遠足で雨が降ったのは1回のみ(それも途中から)。台風の通り道の沖縄へ20回ほど行くも、台風に遭ったのは1度だけ。

嘘のような話だけれど、台風が関東を直撃して職場の人が「昨日の嵐すごかったね」って言ってるときに「?うちには来なかったですよ??」って言うほど風も吹いてなかったり、職場と同じ区内の役所へ行くために職場を出て直帰したら次の日「昨日、濡れちゃったでしょ?」と言われ「なんのことですか?」と言ったら、わたしが出た直後にゲリラ豪雨が降って来たらしかったり(わたしは雨雲より前を自転車で走ってたみたいです)。

楽しみなイベントがあって、週間天気予報が雨でも、念じていれば当日は大体晴れます。
本当にただの自慢になって来ましたが、挙げるとキリがないくらい、降られないのです。

よく、晴れ女だの雨女だのは存在せず、良いことだけ覚えているポジティブタイプか悪いことばかり覚えているネガティブタイプかの違いだと言いますが、そうは思えないのが、雨女の友達がいるのです。彼女が来ると雨が降ると言うのは、彼女の友人達の間では有名な話らしく、実際本当に雨が降る! 彼女が子どもをテーマパークに連れて行こうとして、その度降られ、何度もリスケを繰り返しすのを見て「これは本物だ・・・」と思いました。

ちなみにその彼女、電化製品を壊すのも上手で、特に携帯(スマホ)をよく壊します。もちろん、落としたり濡らしたりもしていないのに、勝手に不具合が出てデータが全部消えた・・・というのを何度も見ています。わたしは、スマホ、何度も落としたりしていますが壊したことはありません。なので、こういうことあるんだなぁと、ちょっと他人事のように見ていたのですが・・・。

今日ね、猫の餌やりに行った帰り道、自転車がパンクしました。
わたしの自転車、去年買った電動自転車ですごく重いのです。パンクしたタイヤでズルズル滑るそれを押して30分かけて自転車屋さんまで歩いて・・・お盆なのに開いてててよかったー!

で、ふと思い出したんです。去年、数人の友達に電動自転車を買った経緯を話してたときのこと。
電動の前は、その2年ほど前に買った可愛い自転車に乗ってたんです。その可愛い自転車はちょっと高かったけど、先代の自転車が安物で故障ばかりしていたので、しっかりしたものじゃないとダメだと奮発して買ったもの。それが、またも故障ばかりで、買ってすぐから、パーツの名前はわからないけど、金属部分が欠けて外れたりとか、数ヶ月に1回パンクして(何も踏んでないのに、ジムに行って帰ろうとしたらパンクしてたり、仕事へ行こうとしたらパンクしてたり)、終いには修理代が元の自転車代を超えるんじゃない?ってほどになり、もうパンク修理するの嫌だ〜と買い換えたのが今の電動自転車。その話をしたらみんなが「え?パンクなんてしたことない」「何年に一度もしないよね」と口々に言って、「あーそうなんだ」って思ったのね。それが普通なんだ、と。

わたし、もう、誰かに嫌がらせされてるんじゃないかと疑いたくなるほど自転車の故障が多くて、でもそれは前のアパートに一人暮らししてた時からなんです。だから嫌がらせとかじゃなく、本当にただ故障してるんだと思うのです。もちろん、普通に走っているだけで、道なき道を行ったり変なものをわざと踏んだりとかしていませんよ!

わたしは経験上、晴れ女や雨女、そして多分晴れ男や雨男もいると思います。
他にも、機械壊し女とか、自転車壊し女とか、いると思います。
もしかすると、そういう星のもとに生まれているのかもと考えてしまいます。

自転車の場合、本当は事故に遭って大怪我するようなところを、分割して自転車の故障などダメージを小さくしているのかも。そう考えれば、自転車故障で済んでラッキー、ですもんね。

皆さんは、どんな星のもとに生まれていますか?











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by umitoramarine | 2017-08-13 23:30 | つぶやき | Comments(2)

猫達からのプレゼント

わたしがときどきボランティアで猫の餌やりをしている場所は、かつての職場の近所です。
お昼休みによく散歩をしていて、あるとき末期癌の猫を病院へ運んだことから、ボランティアのおばさん達と知り合い、お手伝いをするようになりました。もう数年来のお付合いです。

おばさん達、ハム太にも何度も会ったことがあり「ひ孫」と言って可愛がって下さっています。
この数年でおばさん達も歳を重ね、以前は自転車で来ていた現場にも徒歩でいらっしゃるようになり、腰を傷めたりして大変そうです。わたしももっとお手伝いしたいけど、なにしろハム太がいるし……と考えて、思いつきました。おばさん達にハム太を見てもらって、わたしが餌やりをすれば良いのでは?

しかし、ハム太を見るのと猫の世話とどちらが大変なのかと迷い、さりげなく口にしてみたら、おばさん達もそうしたいということで、一度おうちに遊びに来てと言われていました。

そんなとき。我が家で夫婦喧嘩が勃発。。。。。
余りの腹立ちにどこかへ行きたいけど、ハム太を連れていけるところなんて限られている。。。
行く場所を考えるうち、おばさん達の顔が浮かび、電話をしたら「今からでもいいよ。いらっしゃい」とのことで、遊びに行かせて頂きました。

お話を聞いてもらったら……おばさん達は夫にも会ったことがあるのですが、夫はシャイ?なのでご挨拶ほどのお話しかしていないはずなのに、ビックリするほど夫やわたしの性格や育ちを見抜いていて、すごく的確なアドバイスをくれました。年の功なのかなぁ……まるで見透かされているみたいな洞察力。もし同年代の人に言われていたら素直に飲み込めなかったかもしれないアドバイスも、親よりずっと年上の方から言われるとすんなりと腑に落ち、すっきりとした気分で家に帰りました。ま、夫婦喧嘩に決着がつくまでに、それからさらに2日間かかったんですけどね。(ちなみに夫が謝りました。だってわたし、悪くないもの…)

帰宅してお礼にメールをしたら「またいつでも来てね。実家だと思って来て」ってお返事下さって、心からうれしくて。

元職場の近くに住んでいるだけがご縁の、出会うはずもなかった人達に、こんなにお世話になるなんて。猫達のおかげで大切な人達に出会うことができたんだと思うと、とてもふしぎでうれしい気分になります。

わたしにとって、猫達の世話をする時間はそれだけで喜びをもらっているようなものなのですが、きっとこのご縁は猫達からのプラスアルファのプレゼントなんですね。

ありがとう猫達!




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by umitoramarine | 2017-06-22 23:29 | つぶやき | Comments(4)