シーグラスはたからもの seaglass8.exblog.jp

アラフォーのわたしと夫と猫2匹の暮らしに、男児が一人加わりました(2016年11月)。おいしいもの、猫、本、アートと子育て日記。


by umi
プロフィールを見る
画像一覧
是枝裕和監督の「万引き家族」がカンヌ映画祭のパルムドール賞を受賞しましたね。
おめでとうございます。

f0370142_22112239.jpeg

タイムリーに、是枝監督の「海よりもまだ深く」を借りてあったのを、やっと観ました。
阿部寛さん演じるダメ男が、離婚した妻と息子を取り戻すべく奮闘?するお話です。
そのやり方が、「だからダメなのよ」と言いたくなるような……わたし自身、誰かを「ダメ人間」であると断じることができるほどの人間なのかと問われれば、とても胸を張れたものではないですが、困った人には自身をそこに陥れるだけの思考回路というものがあるなあと思います。

誰しも、何から逃げても自分自身から逃れることはできません。
困った思考回路を持つ人間に、奇跡のような救いはないのです。
たとえ、宝くじに当たるとか、奇跡の出会いが起こったとしても、困った人というのはそういう機会を上手に使うこともできないのよね。その人なだけに。

阿部さん演じるお父さんには、そんな奇跡が訪れることもなく「まあそうなるよね」というような現実的なエンディングを迎えるわけです。

そんな現実、決して「毎日幸せで笑いが止まらない」とは言えないような現実を、ほとんどの人は生きているのではないかと思いますが、その中に、浜辺の黒っぽい砂の中に時々「チラリ」と光る何かがあるのです。そのチラリは、それでさえ、砂金とか価値あるものでもないのだけれど、チラリと光るとちょっとだけ嬉しくなるような、何か。そういうのを含めて現実を描いてある映画だなあと思いました。

是枝監督の映画は、これを含めて3本しか観たことないのですが、ヨーロッパで評価されるのはわかる気がします。ヨーロッパの映画って、奇跡も事件もあまり起こらないものね。笑



そしてもう1本。一緒に借りていた映画。
こちらは古く、日本では2005年に公開された映画です。
映画冒頭の「一羽の蝶の羽ばたきが、地球の裏側で竜巻を起こすことがある」というカオス理論の引用が気になって、当時観たいと思っていたのに、なぜだか今まで観ていなかったのです。


f0370142_22113841.jpeg
日本式に言えば「風が吹けば桶屋が儲かる」なので、もうちょっと現実的な話かと思っていましたが、なんというか、ファンタジー(と言うには暗いかな)? 
現実を変えるべく、過去のある点に戻って違う行動を取ったら、想像だにしないところまでその結果が及び・・・みたいな話でした。

暗いという点は共通していますが、上の「海よりもまだ深く」とは対極にあるストーリー展開です。何しろ本当に現実を変えてしまうのだから。でも、奇跡が起こったってやっぱりそう上手くはいかないのです。

過去と言えば、不惑に達した今でも、昔のことを振り返って、「どうしてあのとき」と考えてしまうことがあります。今の現実が嫌だからではありません。本当に小さいこと。「どうしてあのとき」に続くのは「あんなこと言っちゃったんだろう」とか、「ちゃんと言い返さなかったんだろう」とか、相手はきっと覚えていないようなこと。大人になったらこんなこと無くなるかと思ってたけど、わたしの「どうしてあのとき」は30代を振り返っても多々あるのです。まあでも、こんな風に感じるのは、あれから自分が成長したからだよね、と、ひとしきり頭を抱えたあとは、そう思って自分を慰めるようにしています。笑

「あのとき」に戻れたらこうしたいと思うことはあるけれど、そうしてしまったら、今の自分はいないのだろうなと思うし。身を置く環境だけでなく、自分自身が違う人になってしまったら、それこそ、自分自身から逃れた、ことになってしまう。それでは生きる意味はないのです、多分。

そう言えば、「バタフライ・エフェクト」ですが、過去を変えたことによって違う人生を生きた主人公及び周囲の人が何パターンか出てくるのですが、同じ人がこうも変われるのだなあと思わせる演技とメイクが秀逸で面白いですよ。人生に疲れ果ててボロボロの主人公の幼馴染の女性が、あまりに美しく変身するのを見て、「もしかしたら自分も」と思ってしまった(笑)。もちろんあちらは美しい方が本当の姿ですが! 


というわけで、現実への対応が正反対の2本ですが、どちらも面白かったです。





[PR]
by umitoramarine | 2018-05-22 23:13 | 映画のこと | Comments(0)
ツタヤディスカスで長らく借りっぱなしになっていた映画をやっと観たのです。
『ライオン〜25年目のただいま」の感想を書きますが、ネタバレありなので、これから観る方は気をつけて。


f0370142_23382164.jpeg

インドのスラム街で暮らす5歳の男の子が、長距離回送列車に乗ってしまい、遠く離れた見知らぬ土地で迷子になるところからストーリーが始まります。

自分の住んでいた街の名はおろか、お母さんの名前も、自分のフルネームさえ言えないような小さな子。
さらに、インドなので長距離移動した先では話す言葉も違っていて、言葉も通じず……。
ストリートチルドレンの多いこの国では、迷子の子どもがひとりうろついていようとも、気に留める人はなく、やがて、幸か不幸か施設に入れられることになります。そして、養子を探していたオーストラリアの夫婦の元に引き取られ、豊かな暮らしをし、愛されて育った彼ですが、もちろん故郷の母や家族のことを忘れることはなく、大人になってから、グーグルアースで故郷を探し当てる、というお話です。

私、20年ほど前ですが、一度だけインドへ行ったことがあります。
インドは、旅行へ行くと好き嫌いがはっきり分かれるとよく言われますが、わたしの場合、トランジットで半日ほど観光しただけですが、正直にいうと二度と行きたくないと思いました。

まず、空港を出たところで待ち構えていたストリートチルドレンに囲まれ、お金をせびられる。
中には口も回らないような3歳くらいの小さな子もいるんです。
ツアーで、可哀想だと思ってもお金をあげてしまったら、それこそみんなに囲まれるから絶対にあげないようにと添乗員さんからきつく言われていましたが、無視するのも辛いような、痩せて目が大きく、黄疸の出ているような子ども達。
彼らはよくわかっていて、ツアー団体の中でも、それぞれ一人をターゲットに定め、他の人は一切見ずにその一人について歩くのです。それも、小さな子どもがこんなに遠くまで来ていいの?と心配になる程、1kmくらいついて来た気がします。
子どもだけじゃなくて、不自由な体を見せつけてくる大人の物乞いも多く(そのためにわざと指を切ったりすると聞きました)、目に焼きつくような光景をたくさん見ました。ただ、彼らは、ものすごい生命力で生きようとしている。平和ボケしているわたしは、それに当てられたような感じでした。覚悟無しには歩けない国。それがわたしのインドの印象です。

そんな思い出があるので、ああ、あそこで迷子になったら最後だなぁ、と思いながら見ました。
主人公の5歳のサルーはとっても可愛くて、つい息子と重ねて見てしまう。全然似てないけど。
でも、5歳のサルーは、迷子になっても涙一粒流さないのです。
彼の生まれ育った環境は、泣けば誰かが助けてくれるような世界ではないんですね。
たった5歳で、生きる厳しさを、当たり前のように知っているのです。

なんとこれ、実話なんですって。

5歳にして、言葉の通じない土地で迷子になり、家族と離れ離れになる不遇の反面、故郷にいれば決して手の届かなかったであろう、恵まれた環境で高等教育を受けられたのは幸運と言えないこともなく……それを決められるのは本人だけですが、間違いなく数奇な運命とは言えそうです。

ただ、迷子になったことによって命を落としたり、人身売買されたりというリスクを潜り抜けて、恵まれた環境を得た上に、最後には故郷へたどり着いたサルーの「生きる力」は、感動的だと思いました。最後の方は、泣いちゃいましたよ。

この映画の、大人になったサルー役のデブ・パテルって、どこかで見たと思ったら、「マリゴールドホテルで会いましょう」という2作の映画に出演していたみたい。先日書いた「マダム・イン・ニューヨーク」もそうですが、インドには二度と行きたくないと言いながら、わたしは結構インド系の映画を観ているみたいです。

インドを生き延びるバイタリティに当てられる、と言いながら、自分にはないその生命力に憧れもあるのかもしれませんね。












[PR]
by umitoramarine | 2018-03-25 23:52 | 本のこと | Comments(0)

キャロル

先日遊びにきた台湾人の友達が、大阪、北海道を巡って帰国する前にまた遊びに来てくれた。
いろんなところで見たけどこれはなに?と鏡餅の写真を見せられて、説明した。
そのあと、神社と寺の違いについても訊かれて、神社は神様がいるところで、寺は仏様がいるところ、とあまりにも簡単な説明をしたら、「じゃあこれって何?」と見せられたのは、護国神社の石碑で、えー護国神社は多分英霊を祀ってあるけれど、英霊は神様になるの?それとも神様と共に英霊が在るということなの??と混乱し「ごめん、わたし日本の歴史や習慣って疎いの・・・・」と白旗を挙げた。彼女が帰った後、ウィキペディアを読んだけれどやはり今ひとつ分からなかった。学生時代、社会科が一番嫌いだった。今は、一からやり直したい気分だ。

友達を見送った後、息子を遊ばせながら、借りっぱなしだった「キャロル」のDVDを観た。
それぞれ、夫と恋人のいる女性が恋に堕ちる話だ。
女性どうしだからなのか、他人の恋愛だからなのか、今ひとつ入り込めなかった。
ストーリー展開とは関係ないのだけれど、夫のいる女性の方には過去にも女性の恋人がいて、その人との恋愛は終わっていたけれど、親友となって今回の恋の話を聞いたりしていた。その女性を見送るときに背中の方で腕を組み合う短いシーンがなぜか印象に残った。なんというか、友情プラス過去の恋愛関係が、ストレートの女性同士の友情ではありえないほどの強い結びつきになったことを思わせたから。

少し前に「ブロークバックマウンテン」を観た。こちらは男性同士の話だった。
夫の気持ちだって理解し難いのに、男性が男性を愛する気持ちにはなかなか入り込めない、というのがその時の感想だった。
でも、「キャロル」と比べてみると、「ブロークバックマウンテン」の男性二人の方が背徳感でいっぱいで、二人の恋愛は悲壮感が漂っていた。どちらも普通の暮らしをするために女性と結婚などしていた。どちらも古い時代を描いたものだが、男性の方が社会での役割が大きかったぶん、マイノリティであることは弱みであり、開き直るということが難しいのかもしれないと思った。これからの時代はまた少し変わってくるだろうけど。

映画を観ている間、息子はつかまり立ちの練習をしていて、なんとソファによじ登ることに成功した。とても軽く手を添えた状態で登ってしまったので、落ちたら捕まえられるよう手を近くに添えて、でも触れずにいたら、登ってしまったのだ。でも、登ったからには降りなくてはいけない。当然のように頭から降りようとし、それでは重みで落ちてしまって首を捻りかねないので、「足から降りるんだよ」と言い聞かせながら支えて、足から降りるのを練習させた。何度やっても頭から行きたくなるらしく、ふと目を逸らしたすきに、わたしの上に転がり落ちてきた。でも、それで「頭からじゃいけない」と理解したらしく、足から降りる練習を積極的に始めて、こちらもできるようになった。帰宅した夫にやって見せたら「すごーい!」と褒められて調子にのり、さらに10往復はしていた。

寝かしつけをしているとき、寝ぼけたのか、急にパチパチと拍手をしていた。
よほど嬉しかったんだなぁ。
これからたくさんの成功体験を重ねていく息子が、ちょっとうらやましくなった。


[PR]
by umitoramarine | 2017-12-21 00:27 | つぶやき | Comments(0)